2025年12月26日

交通・屋外広告

広告代理店の研修シリーズ⑥ 立会

 

今日はOJT最終日。今夜は、家電メーカーの案件で、地下鉄の電照看板貼り替え現場に立ち会う。企画から始まり、制作、プレゼン、入稿と経験してきた1週間の集大成だ。

地下鉄の電照看板は、終電後の深夜に貼り替え作業が行われる。き電停止、作業責任者、厳格な安全管理。普段、私たちが目にする広告の裏側には、深夜に働く人たちの姿がある。
ここでは、佐藤が広告の裏側を目の当たりにする、研修最終日の様子を説明していく。

 

金曜日の朝

金曜日の朝、佐藤はいつも通り8時45分にオフィスに到着した。
研修1週間の、最終日だ。今夜、深夜0時過ぎから、首都地下鉄四谷線の千代田駅で電照看板の貼り替え作業がある。

デスクに座ると、小林先輩が声をかけてきた。
「おはよう、佐藤くん。今日は、いよいよ最終日ね。」
「おはようございます。今夜、よろしくお願いします。」
「今夜の案件は、家電メーカーの電照看板貼り替え。先週までに印刷会社に発注済みで、今週広告フィルムが完成したの。今夜、首都地下鉄四谷線の千代田駅のホーム対向壁にある電照看板の貼り替えをするわ。」

小林先輩は、資料を開いた。
「通常は、施工管理部の担当者だけが立ち会うんだけど、今日は佐藤くんの研修だから、私も一緒に行くわ。施工管理部の山本さんと、製作会社の作業員、鉄道監視員。みんな揃って、深夜1時頃から作業開始。」
「深夜1時、ですか。」
「そう。電照看板は、ホーム対向壁にあるから、線路に近いの。地下鉄は架線じゃなくて、線路の横に第3軌条っていう高圧電流が流れてる軌条があるのよ。600から750ボルトの電気が流れてるから、足場とかが接触したら危険。だから、き電が停止されてから作業するの。」

小林先輩は、続けた。
「地下鉄は、深夜の保守作業のために、終電から始発までき電が停止されるの。ホーム対向壁の看板作業は、そのき電停止時間中に行うのよ。終電が0時15分頃。そこから、駅員が構内に人が残ってないかチェックして、ホームや線路に残置物がないかチェックして、四谷線への流入部のシャッターを閉めるのが0時40分頃。そこから、作業責任者が業務用電話で司令部にき電停止の確認と作業開始の報告をするのよ。」
佐藤は、少し緊張した。
「今日は、午後5時半に定時で帰って、一度家に帰ってゆっくり休んでね。で、夜11時半に、千代田駅の業務用入口で集合。そこから、作業現場に向かうから。」
「深夜作業だから、当然、後日代休が取れるわよ。山本さんたち施工管理部の人たちも、深夜作業の後は必ず代休を取るの。当社は、労働時間の管理をしっかりしてるから、安心して。」
「わかりました。」

 

静かな準備時間

金曜日の日中は、特に大きな予定はなかった。

佐藤は、今週学んだことを、ノートに整理していた。
月曜日、媒体提案。駅の選定、予算計算、資料作成。
火曜日、デザイナーとの打ち合わせ。キービジュアル、トーン&マナー、撮影立ち会い。
水曜日、クライアントプレゼン。企画を伝え、質問に答え、承認をもらう。
木曜日、入稿作業。入稿規定チェック、AI形式での保存、印刷会社への送信。
そして今日、金曜日。深夜の電照看板貼り替え立ち会い。

1週間で、広告制作の全体の流れを体験した。
まだ、すべてを完全には理解できていない。しかし、少しずつ、この業界の仕事が見えてきている。
夕方5時半、小林先輩が声をかけてきた。
「佐藤くん、今日はここまで。一度帰って、休んでね。夜11時半、千代田駅の業務用入口で集合よ。」
「はい、わかりました。」
佐藤は、パソコンをシャットダウンして、オフィスを後にした。

 

深夜の駅へ

夜11時半、佐藤は千代田駅に到着した。 金曜日の夜、まだ終電に向かう人たちで賑わっている。
業務用入口の前で、小林先輩と、施工管理部の山本さんが待っていた。
山本さんは、40代の男性。作業着を着て、ヘルメットを持っている。
「お疲れ様です。小林さん、佐藤くん。」
「お疲れ様です。山本さん、今夜はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。じゃあ、中に入りましょう。」
業務用入口から中に入ると、薄暗い通路が続いていた。普段は立ち入り禁止のエリアだ。
通路を進むと、小さな部屋があった。
そこには、すでに製作会社の作業員3名と、鉄道監視員が待っていた。 「お疲れ様です。広告代理店の小林です。こちら、研修中の佐藤です。」 「お疲れ様です。製作会社の田村です。」 「お疲れ様です。鉄道監視員の高橋です。」 全員が、作業着と安全ベストを着て、ヘルメットを被っている。
小林先輩と佐藤も、用意された安全ベストを着用してヘルメットを被った。
「今夜の作業、よろしくお願いします。」
小林先輩が、頭を下げた。

 

終電という境界線

午前0時15分、終電が通過した。
ホームから、人の気配が消えていく。
駅員たちが、構内を巡回し始めた。ホームに人が残っていないか、線路に落とし物がないか、丁寧に確認していく。
「巡回、結構時間かかるんですね。」
佐藤が、山本さんに聞いた。
「そうなんです。安全第一ですから。人が残ってたら大変ですし、線路に物が落ちてたら、作業中に危険ですから。」
午前0時40分、地下鉄への流入部のシャッターが閉まった。
「よし、これで準備完了だ。」
施工管理部の山本さんが、ホームにある業務用電話を手に取った。
「司令部、こちら千代田駅。電照看板貼り替え作業、これより開始します。き電停止の確認をお願いします。」
電話の向こうから、返事が聞こえる。
「千代田駅、了解。き電停止、確認しました。作業開始してください。」
「了解しました。作業開始します。」
山本さんが、作業員に合図を送った。
「よし、始めるぞ。安全第一で頼む。」

 

600ボルトの緊張感

「き電停止って、具体的にどういうことですか。」
佐藤が、山本さんに聞いた。
「地下鉄は、電車の屋根に架線を張るんじゃなくて、線路の横に第3軌条っていう高圧電流が流れてる軌条を設置してるんです。天井が低いから、架線を張れないんですよ。」
山本さんは、線路を指差した。
「あそこに見えるでしょ。線路の横にある、銀色の軌条。あれに、600から750ボルトの電気が流れてる。電車は、あの軌条から電気をもらって走るんです。」
佐藤は、じっと第3軌条を見た。
「で、作業中は足場を組むから、足場が第三軌条に接触したら感電して死んじゃう。地下鉄は毎晩、深夜の保守作業のために終電から始発までき電が停止されるんです。看板の貼り替え作業は、その時間を利用して行うんですよ。司令部に確認を取るのは、確実に停止していることを確認する意味があるんです。」
「怖いですね。」
「そう。だから、安全確認が何重にも行われる。司令部への報告、作業責任者の確認、作業員同士の声かけ。一つでも間違えたら、大事故になるんです。」

 

深夜1時の現場

作業員たちは、ホーム対向壁に向かって、慎重に線路に降りていった。
「慎重に。第3軌条に触れないように。」
山本さんが、声をかけている。
作業員たちは、まず脚立と足場を設置した。
電照看板の枠は、高さ2メートルほどの位置にある。足場がないと、作業できない。
「足場、設置完了。」
作業員の一人が、報告した。
「よし。じゃあ、枠を外すぞ。」
作業員たちは、専用の吸盤器具を使って、電照看板の枠をフレームから外し始めた。
枠は、意外と大きく、重そうだ。
「慎重に。落とさないように。」
田村さんが、指示を出している。
数分後、枠が外された。
作業員たちは、枠をホーム上の安全な場所に移動させた。

 

生まれる瞬間

ホーム上で、別の作業員が、古い広告フィルムを剥がし始めた。
「古いフィルム、結構しっかり貼ってあるな。」
「両面テープだから、剥がすの大変なんだよ。」
作業員たちは、慎重に古いフィルムを剥がしていく。 古いフィルムが剥がれると、次は新しいフィルムを貼る。 「新しいフィルム、きれいだな。」 作業員が、フィルムを広げた。 フィルムは、枠より少し大きめに作られている。 新しいフィルムには、家電メーカーの新商品。大型テレビと洗濯機が並んだビジュアルだ。 「じゃあ、貼るぞ。位置を合わせて、丁寧にな。」
作業員たちは、両面テープでフィルムを枠に固定していく。
慎重に、少しずつ、空気を抜きながら貼っていく。
「よし、貼れた。」
「次、周囲の余分な部分をカットするぞ。」
作業員は、カッターで、枠からはみ出した部分を切り取っていく。

 

見えない仕事

フィルムを貼っている間、別の作業員が、電照看板のフレームを清掃していた。
「フレーム、結構汚れてるな。」
「1年間、ずっと付けっぱなしだからね。」
作業員は、布で丁寧にフレームを拭いていく。
「LED照明もチェックするか。」 電照看板の内側には、LED照明が設置されている。 作業員が懐中電灯でLEDユニットを照らしながら確認する。 「LED、破損なし。汚れもなし。問題なさそうだ。」 「よし。じゃあ、枠を戻すぞ。」

 

一つの完成

作業員たちは、フィルムを貼った枠を、再び線路側に運んだ。
「慎重に。落とさないように。」
田村さんが、声をかけている。
枠は重く、2人がかりで持ち上げる。
「せーの。」
作業員たちは、枠をフレームに戻していく。
「よし、ちゃんとはまった。」
「固定するぞ。」
作業員は、ボルトを締めて、枠をしっかり固定した。

 

光が灯る瞬間

「よし、最終確認するぞ。」 山本さんが、懐中電灯で電照看板を照らした。 フィルムの貼り付け状態、枠の固定、フレームとの隙間。一つ一つ確認していく。 「貼り付け、問題なし。固定、問題なし。」 田村さんも、懐中電灯で細部を確認する。

「きれいに仕上がったな。」 山本さんが、佐藤に説明した。 「終電後はき電が停止されてるから、点灯確認は始発前にはできないんです。だから、こうやって懐中電灯で仕上がりを確認するの。始発が動き出したら、駅の照明も電照看板も点灯するから、そのタイミングで問題がないか、後日確認することもあるんですよ。」 佐藤は、深く頷いた。

暗闇の中、懐中電灯に照らされた新しい広告フィルム。大型テレビと洗濯機が並んだビジュアル。 この1週間で、佐藤が学んできたすべてが、ここに繋がっている。 誰かが媒体を選び、デザイナーがビジュアルを作り、クライアントが承認し、制作部が入稿し、印刷会社が製作し、そして今、深夜の駅で、作業員が貼り替えている。 すべてが繋がって、一つの広告が完成するのだ。 「問題なし。じゃあ、撤収するぞ。」

 

蘇る静寂

作業員たちは、足場を撤去し始めた。
「残置物、ないか確認するぞ。」
山本さんが、作業員に指示を出している。
作業員たちは、線路を丁寧に確認していく。
工具が落ちていないか、切り取ったフィルムの切れ端が落ちていないか。
「残置物、なし。」
「よし。じゃあ、上がるぞ。」
作業員たちは、線路からホームに上がった。
午前1時半、山本さんが業務用電話を手に取った。
「司令部、こちら千代田駅。作業完了しました。」
「千代田駅、了解。お疲れ様でした。」
山本さんが、全員に向かっていった。
「作業完了しました。ありがとうございました。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」
全員が、互いに頭を下げた。

小林先輩と佐藤は、業務用通路を通って、駅の外に出た。
始発電車が来るまで、あと3時間。
「佐藤くん、お疲れさま。これが、交通広告の裏側よ。」
小林先輩は、少し疲れた顔で笑った。
「すごかったです。こんな風に作業してるんですね。」
「そう。普段、私たちが目にしている広告の裏側には、こうやって深夜に作業してる人たちがいるの。デザイナー、印刷会社、作業員、作業責任者、施工管理部の担当者。たくさんの人が関わって、一つの広告ができる。」
小林先輩は、駅の方を振り返った。
「来週から、毎日、何万人もの人があの電照看板を見る。通勤中、何気なく目に入って、無意識のうちに商品を覚える。それが、交通広告の力なのよ。」
佐藤は、深く頷いた。

 

旅の終わりに

週明けの月曜日、佐藤はオフィスに出社した。
小林先輩が、待っていた。
「佐藤くん、お疲れさま。1週間、よく頑張ったわね。」
「ありがとうございました。すごく勉強になりました。」
「今週は、私が担当してる複数の案件に同行して、広告制作の全体の流れを見てもらったわ。企画、制作、プレゼン、入稿、貼り替え。それぞれの工程で、違う仕事があって、違うスキルが求められる。」

小林先輩は、続けた。
「で、佐藤くん、この1週間で何を感じた?」
佐藤は、少し考えて答えた。
「最初は、それぞれの工程がバラバラに見えました。媒体提案と、デザインと、入稿と。全部、違う仕事だなって。」
「でも?」
「でも、金曜日の夜、電照看板が光った瞬間、すべてが繋がったんです。月曜日に選んだ駅、火曜日に作ったビジュアル、水曜日に承認してもらった企画、木曜日に入稿したデータ。すべてが、あの一枚の広告になったんだって。」
小林先輩は、優しく笑った。
「そう。それが、広告の仕事なのよ。一つ一つは地味で、地道な作業。でも、すべてが繋がって、一つの広告が完成する。そして、その広告が、街に出て、人の目に触れて、誰かの心を動かす。」
「来週からは、通常業務に入るわ。私のアシスタントとして、いろんな案件を手伝ってもらう。でも、基本は今週学んだことの繰り返しよ。媒体提案、デザイン打ち合わせ、プレゼン、入稿、施工確認。この流れを、何度も何度も経験して、体で覚える。それが、プランナーへの道なの。」
佐藤は、深く頷いた。

1週間前の自分は、何も知らなかった。
しかし今は、少しだけ、この業界の仕事が見えている。
「頑張ります。」
佐藤の声には、1週間前にはなかった、確かな手応えがあった。
「期待してるわ。」
小林先輩は、優しく笑った。

窓の外を見ると、大手町方面のビル群が見えた。
あのビルの下に、地下鉄千代田駅がある。
そして、金曜日の深夜に貼り替えた電照看板が、今、何万人もの人の目に触れている。
佐藤は、少しだけ、誇らしい気持ちになった。
広告業界での、本当の仕事が、始まっている。

佐藤は、研修ノートを開いて、この1週間を振り返った。

月曜日、媒体提案
駅を選ぶという仕事。ターゲットの生活動線を考える。乗車人数だけじゃなく、ターゲットとの相性を見る。サインボードとポスターの組み合わせ。長期と短期、両方の効果を狙う。
「なぜ」に答えられなかった悔しさ。しかし、初めて自分で作った提案が、部長に認められた手応え。
火曜日、デザイナーとの打ち合わせ
キービジュアル。トーン&マナー。ブランドの世界観を守る。撮影現場での細かいチェック。照明の位置、モデルの表情。デザイナーのこだわり。
数字だけじゃない、感覚を言葉にする難しさ。
水曜日、クライアントプレゼン
企画を説明する場ではなく、心を動かす場。クライアントの質問の意図を読み取る。数字で裏付ける。的確に答える。
月曜日に学んだことが、ここで活きた。自分が関わった企画が、承認された喜び。
木曜日、入稿作業
入稿規定との戦い。サイズ、解像度、カラーモード、トンボ、塗り足し。文字のアウトライン化。AI形式での保存。チェックリストで一つ一つ確認する。差し返しを防ぐための、地道な作業。
華やかじゃない、しかし大切な裏方の仕事。
金曜日、電照看板貼り替え立ち会い
深夜の地下鉄駅。き電停止。第3軌条の危険性。作業責任者。作業員たちの慎重な作業。広告の裏側。たくさんの人が関わって、一つの広告ができる。
そして、貼り替えが終わった瞬間。すべてが繋がった。
すべてが繋がって、一つの広告が完成する。

 

佐藤は、ノートを閉じた。
1週間前、自分は何も知らなかった。
しかし今は、少しだけ、広告業界の入口に立っている。
広告業界での、本当の仕事が、始まっている。

それから数か月…。
佐藤は交通メディア部で様々な案件を経験してきた。
媒体提案、デザイン打ち合わせ、クライアントプレゼン、入稿作業。あの1週間で学んだことが、日々の業務の基礎になっている。

最初は、小林先輩の指示を聞きながら、言われた通りに動くだけだった。
しかし、少しずつ、自分で考えて、提案できるようになってきた。
「この駅、ターゲットに合うと思います」
「このデザイン、トンマナから少しズレてる気がします」
「入稿前に、もう一度解像度を確認させてください」
小さなことだが、自分の意見を言えるようになった。
まだまだ学ぶことは多く、失敗することもある。しかし、1週間前の自分より、確実に成長している。
そして、いつか。
新しい部署での、新しい挑戦が待っている。

 

※本稿はフィクションです。登場する企業名、人物名、鉄道会社名、駅名などはすべて架空のものであり、実在する企業・団体・人物とは一切関係ありません。

運営者情報

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