2025年12月23日
交通・屋外広告広告代理店の研修シリーズ③ 制作
OJT2日目の火曜日。昨日は企画フェーズを経験したが、今日は制作フェーズだ。アパレルブランドの案件で、デザイナーとの打ち合わせに同行する。
広告制作において、デザインは最も重要な要素の一つだ。キービジュアル、トーン&マナー、コピー。これらの要素が組み合わさって、一つの広告が完成する。
ここでは、佐藤がデザイナーとの打ち合わせを通して、広告デザインの基礎を学んでいく様子を説明していく。
※本稿はフィクションです。登場する企業名、人物名、鉄道会社名、駅名などはすべて架空のものであり、実在する企業・団体・人物とは一切関係ありません。
火曜日の朝
火曜日の朝、佐藤は8時45分にオフィスに到着した。
今日は、アパレルブランドの案件で、デザイナーとの打ち合わせがある。月曜日は媒体提案という企画フェーズだったが、今日は制作フェーズだ。

デスクに座ると、小林先輩がすでに来ていた。
「おはよう、佐藤くん。今日はデザイナーとの打ち合わせよ。」
「おはようございます。楽しみです。」
「デザイナーとのやり取りは、また別のスキルが必要なの。言葉の選び方とか、イメージの伝え方とか。今日は、しっかり見ておいてね。」
小林先輩は、コーヒーを飲みながら続けた。
「今日来るのは、フリーランスのデザイナー、山田さん。30代前半で、女性向けの広告を得意としてるの。トンマナの理解が早くて、仕事が丁寧。ただ、ちょっとこだわりが強いから、そこは覚悟しといて。」
「こだわり、ですか。」
「そう。『この色じゃないとダメ』とか、『この書体じゃないと世界観が壊れる』とか。でも、そのこだわりがあるから、いいものができるのよ。」
一枚の画像に込める想い

10時、会議室に山田さんが現れた。
黒縁メガネに、シンプルなシャツとジーンズ。ノートパソコンとタブレットを持って、落ち着いた雰囲気で入ってくる。
「おはようございます。山田です。」
「おはようございます。こちら、今週研修中の佐藤くんです。」
「佐藤です。よろしくお願いします。」
山田さんは、軽く会釈をして、席に座った。
「じゃあ、早速始めましょうか。今回の案件、概要を教えてもらえますか。」
小林先輩は、資料を開いた。
「クライアントは、アパレルブランド。ターゲットは20代の女性。カジュアルで、でも少し大人っぽい雰囲気の服を扱ってるブランドです。媒体は、渋谷駅と原宿駅の駅貼りポスター。B1サイズで、2クール。」
山田さんは、メモを取りながら頷いている。
「なるほど。で、今回作るのは、KVですよね。」
「はい、そうです。」
佐藤は、KVという言葉を思い出した。キービジュアル。広告の中心となるメイン画像だ。
「KVは、渋谷駅と原宿駅、両方で使います。だから、若い女性の目を引くような、インパクトのあるビジュアルが必要です。」
山田さんは、タブレットを開いた。
「わかりました。じゃあ、まずトンマナを確認させてください。ブランドの世界観、どういう方向性ですか。」
ブランドの世界観を守る
小林先輩は、クライアントから預かったブランドガイドラインを開いた。

「ブランドコンセプトは、『自分らしく、自由に』。20代の女性が、ファッションを通して、自分らしさを表現する。そういうメッセージです。」
「色のトーンは?」
「明るめ。ビビッドな色も使うけど、派手すぎない。ポップで、でも洗練された印象。」
「書体は?」
「ゴシック体ベース。丸ゴシックは避けたい。モダンで、読みやすい書体がいいです。」
山田さんは、次々とメモを取っていく。
「写真は、モデルを起用しますか。」
「はい。クライアント指定のモデルがいます。20代前半、元気な雰囲気の女性です。」
「ポーズの雰囲気は?」
「動きがある感じ。歩いてるとか、笑ってるとか。静止画より、躍動感のあるポーズがいいです。」
山田さんは、タブレットに簡単なスケッチを描き始めた。
「なるほど。じゃあ、方向性としては、こんな感じですかね。」
タブレットの画面を、小林先輩と佐藤に見せる。そこには、元気に歩く女性の姿が、ラフなスケッチで描かれていた。
「背景は、シンプルに。白かグレー。モデルの表情と服をメインに。商品名は、下部に配置。コピーは、上部に、ゴシック体で。」
小林先輩は、頷いた。
「いいですね。ポップで、でも洗練されてる。」
「ただ、一つ確認したいんですけど。」
山田さんは、少し真剣な顔になった。
「ポスターのサイズ、B1ですよね。B1は、縦長。モデルの全身を入れるなら、縦のレイアウトになります。それでいいですか。」
「はい、大丈夫です。」
「わかりました。じゃあ、縦長レイアウトで進めます。」
言葉という武器

「で、コピーはどうしますか。」
山田さんが、次の質問を投げかけた。
「コピー、ですか。」
佐藤は、少し戸惑った。コピーって、文章のことだろうか。
「広告のキャッチコピーよ。」
小林先輩が、佐藤に説明した。
「例えば、『自分らしく、自由に』とか。ブランドのメッセージを、短い言葉で伝えるの。」
「クライアントから、指定のコピーはありますか。」
山田さんが聞いた。
「今のところ、ないです。だから、こちらで提案する必要があります。」
「わかりました。じゃあ、デザインと一緒に、コピー案もいくつか出しますね。」
「いえ、コピーはコピーライターに依頼します。山田さんには、デザインに集中してもらいたいので。」
「了解です。じゃあ、コピーが決まったら教えてください。それに合わせて、レイアウトを調整します。」
「で、スケジュールなんですけど。」
小林先輩は、カレンダーを開いた。
「撮影は、今日の午後、14時からスタジオで行います。山田さんも、立ち会ってもらえますか。」
「はい、大丈夫です。現場で、構図とか、ライティングとか、確認させてください。」
「お願いします。で、撮影が終わったら、デザインに入ってもらって。初稿は、明後日の木曜日までにお願いできますか。」
山田さんは、少し考えた。
「木曜日、了解です。ただ、初稿なので、細部は粗削りになるかもしれません。」
「それで大丈夫です。方向性を確認できれば。細かい調整は、承認をもらってからで構いません。」
「わかりました。じゃあ、今日は撮影に集中します。」
山田さんは、ノートパソコンを閉じた。
「あと、撮影の際、いくつかパターンを撮ってもらえますか。ポーズ違い、表情違い、何パターンか。その中から、一番いいものを選びたいので。」
「了解です。カメラマンに伝えておきます。」
小林先輩は、メモを取った。
光と影の現場
14時、佐藤は小林先輩と山田さんと一緒に、渋谷のスタジオに向かった。
スタジオは、雑居ビルの3階にあった。白い壁、天井から吊るされた照明、カメラが三脚に固定されている。
カメラマンは、40代の男性。落ち着いた雰囲気で、すでに機材のセッティングを終えていた。
「お疲れ様です。小林さん、今日もよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。こちら、デザイナーの山田さんと、研修中の佐藤くんです。」
「よろしくお願いします。」
モデルは、すでにメイクルームでスタンバイしていた。20代前半、元気で明るい雰囲気の女性だ。今日着ているのは、クライアントのブランドの服。カジュアルで、でも少し大人っぽいデザインだ。
「今日は、元気に歩いてる感じで撮ります。笑顔で、自然に。」
カメラマンが、モデルに説明した。
「背景は白で、シンプルに。モデルの表情と服をメインに撮ってください。」
小林先輩が、カメラマンに確認した。
「了解です。じゃあ、始めましょうか。」
モデルが、カメラの前に立った。

「はい、じゃあ、歩いてみてください。自然に、リラックスして。」
カメラマンが、シャッターを切る。カシャ、カシャ、カシャ。
モデルの表情が、少しずつ変わっていく。微笑み、笑顔、元気な表情。
山田さんは、タブレットで、撮影された写真をリアルタイムで確認している。
「ちょっと待ってください。」
山田さんが、撮影を止めた。
「照明の向き、もう少し右にずらしてもらえますか。光の当たり方が、ちょっと強すぎます。」
カメラマンは、照明の位置を調整した。
「こんな感じですか。」
「はい、いいです。」
撮影が再開される。
カシャ、カシャ、カシャ。
モデルは、いろんなポーズを試しながら、自然な笑顔を見せている。
佐藤は、撮影現場の緊張感と、同時にクリエイティブな雰囲気を感じていた。
1時間後、撮影が終わった。
「お疲れ様でした。」
カメラマンが、撮影データをその場で山田さんに渡した。
「じゃあ、これからセレクトして、デザインに入ります。木曜日までに初稿、上げますね。」
山田さんは、ノートパソコンを抱えて、スタジオを出ていった。
クリエイターのこだわり

スタジオを出ると、小林先輩が佐藤に聞いた。
「どうだった?初めての撮影立ち会い。」
「すごかったです。山田さん、細かいところまでチェックしてましたね。」
「そう。デザイナーは、細部にこだわるのが仕事なの。光の当たり方、モデルの表情、服のシワ。すべてが、広告の印象を左右するから。」
小林先輩は、続けた。
「撮影が終わったら、山田さんは、何百枚もの写真の中から、ベストな1枚を選ぶ。で、その写真をベースに、デザインを作る。背景を調整して、コピーを配置して、色味を整える。地味な作業の積み重ねなのよ。」
佐藤は、頷いた。
「でも、だからこそ、いいものができるんですね。」
「そう。手を抜かない。妥協しない。それが、プロのデザイナーなの。」
オフィスに戻ると、午後4時半だった。
佐藤は、今日の撮影について、簡単なメモをまとめた。撮影の流れ、山田さんのチェックポイント、カメラマンとのやり取り。研修ノートに書き残しておく。
月曜日は、数字と格闘した。駅の選定、予算の計算。頭を使う作業だった。
しかし今日は、違った。光の当たり方、モデルの表情、服のシワ。目に見えるもの、感じるものを、言葉にして伝える。それが、デザイナーとのやり取りだった。
広告を作るというのは、こんなにも多くの感覚を使う仕事なのか。
佐藤は、少しずつ、この仕事の奥深さを感じ始めていた。
時計を見ると、午後5時半。定時だ。
小林先輩が、声をかけてきた。
「佐藤くん、今日はここまで。お疲れさま。」
佐藤は、パソコンをシャットダウンして、オフィスを後にした。
今日の収穫

帰りの電車の中で、佐藤は今日一日を振り返っていた。
キービジュアル、KV。広告の中心となるメイン画像。
トーン&マナー、トンマナ。ブランドの世界観、表現の統一ルール。
コピー。広告のキャッチコピー。
撮影、ライティング、構図。
デザイナーのこだわり。細部まで気を配る姿勢。
月曜日は、媒体提案。どの駅に、どのくらいの予算で広告を出すか。
火曜日は、デザイン制作。どんなビジュアルで、どんなメッセージを伝えるか。
同じ広告でも、フェーズが違えば、まったく違う仕事になる。
しかし、すべてが繋がって、一つの広告が完成するのだ。
駅のホームで電車を待ちながら、佐藤は改札前のポスターを見た。
あのポスターも、こうやって、デザイナーが撮影に立ち会って、何百枚もの写真から1枚を選んで、デザインを作って、完成したのだろう。
明日は、クライアントプレゼン。
月曜日に作った媒体提案を、クライアントに見せる日だ。
企画が承認されるのか、それとも修正を求められるのか。
緊張するが、しっかり見ておこうと思う。
佐藤は、電車に乗り込んだ。
広告業界での、2日目が終わった。





