2025年12月24日

交通・屋外広告

広告代理店の研修シリーズ④ 提案

 

OJT3日目の水曜日。月曜日に作った媒体提案を、いよいよクライアントに見せる日だ。

広告代理店の仕事において、プレゼンテーションは最も重要な場面の一つだ。どれだけ優れた企画でも、クライアントに伝わらなければ、承認されない。
ここでは、佐藤が初めて経験するクライアントプレゼンについて説明していく。

※本稿はフィクションです。登場する企業名、人物名、鉄道会社名、駅名などはすべて架空のものであり、実在する企業・団体・人物とは一切関係ありません。

 

水曜日の朝

水曜日の朝、佐藤は少し早めに、8時半にオフィスに到着した。
今日は、クライアントプレゼンだ。月曜日に作った化粧品ブランドの媒体提案を、クライアントに見せて、承認をもらう。研修が始まって3日目にして、初めてクライアントと対面する。
緊張のあまり、いつもより早く目が覚めてしまった。

デスクに座ると、小林先輩がすでに来ていた。いつもより、少し真剣な表情だ。
「おはよう、佐藤くん。今日は大事な日よ。」
「おはようございます。緊張してます。」
「私も緊張してるわ。プレゼンは、何回やっても慣れないのよね。」
小林先輩は、ノートパソコンを開いて、プレゼン資料を最終チェックしている。
「今日のクライアントは、マーケティング部の部長と、担当者の2名。部長は50代で、結構細かいところまで見る人。担当者は30代で、話しやすい人よ。」
「わかりました。」
「佐藤くんは、今日は横で見てるだけでいいから。でも、クライアントの反応、質問の内容、そして私がどう答えるか。しっかり見ておいて。」

小林先輩は、少し真剣な顔になった。
「一つだけ覚えておいて。プレゼンは、企画を説明する場じゃないの。クライアントの心を動かす場。どれだけ完璧な資料を作っても、相手の心に響かなければ、意味がないのよ。」
佐藤は、深く頷いた。

 

緊張の15分前

10時、会議室に入った。
長テーブルに、プロジェクターが設置されている。小林先輩は、ノートパソコンを接続して、プレゼン資料を映し出した。
スクリーンに、最初のスライドが表示される。
「○○化粧品ブランド 交通広告キャンペーン ご提案」
シンプルなタイトルスライドだ。
「資料、問題ないわね。じゃあ、後はクライアントを待つだけ。」
小林先輩は、深呼吸をした。
「佐藤くん、一つだけ。プレゼン中、クライアントが何か言ったら、必ずメモを取って。後で、議事録を作るから。」
「はい、わかりました。」
佐藤は、ノートとペンを用意した。

10時15分、クライアントが到着した。
マーケティング部長の田中は、50代半ば、スーツをビシッと着こなした、厳格な雰囲気の男性だ。担当者の鈴木は、30代前半、穏やかな表情の女性だ。
「お疲れ様です。田中です。」
「お疲れ様です。鈴木です。」
「お疲れ様です。こちら、研修中の佐藤です。」
「佐藤です。よろしくお願いします。」
田中部長は、軽く会釈をして、席に座った。鈴木さんは、優しく微笑んだ。
「じゃあ、早速始めましょうか。」
小林先輩は、プレゼンを始めた。

 

心を動かす瞬間

「今回ご提案するのは、交通広告キャンペーンです。新宿駅のサインボードと、山手線主要駅の駅貼りポスター。この2つを組み合わせることで、ターゲットである20代から30代の働く女性に、効果的にリーチします。」

次のスライドに、媒体提案の表が表示される。
「サインボードは、JR新宿駅に年間契約で設置します。JR新宿駅は、1日65万人が利用する、日本最大級のターミナル駅。毎日、何十万人もの目に触れることで、ブランドの認知を、長期的に上げていきます。」
田中部長は、じっとスクリーンを見ている。表情は、まだ読めない。
「駅貼りポスターは、JRの新宿、渋谷、池袋、東京、品川の5駅に、B0サイズで1クール掲出します。新商品の発売に合わせて、一気に認知を取る。サインボードとポスターを組み合わせることで、長期と短期、両方の効果を狙います。」
鈴木さんは、頷きながらメモを取っている。
「予算は、税込500万円です。内訳は、サインボードが400万円、ポスターが約55万円、残りがデザイン費と諸経費および消費税です。」
小林先輩は、次のスライドに進んだ。
「こちらが、駅の選定理由です。ターゲットである働く女性の生活動線を考慮し、オフィス街、ターミナル駅をバランスよく押さえる構成としました。」
田中部長が、口を開いた。
「サインボードの年間契約、これは必須ですか。」

小林先輩は、少し緊張した表情になったが、落ち着いて答えた。
「はい。サインボードは、基本的に年間契約が前提となります。ブランドの認知を上げるには、継続的な接触が必要です。1ヶ月や2ヶ月では、見た人が忘れてしまいます。1年間、毎日同じ場所に広告があることで、無意識のうちにブランドが刷り込まれます。」
田中部長は、頷いた。
「なるほど。わかりました。」
佐藤は、ホッとした。小林先輩の説明が、的確だったのだ。

 

質問という試練

「次に、掲出スケジュールです。」
小林先輩は、次のスライドを開いた。
「サインボードは、6月初旬から設置開始。ポスターは、新商品の発売日に合わせて、6月1日から1週間掲出します。」

鈴木さんが、質問した。
「サインボードの設置、6月初旬とのことですが、製作期間はどのくらいかかりますか。」
「製作には約2週間かかります。来週中にデザインを確定できれば、6月初旬には設置できます。」
「わかりました。では、デザインの確認を早めに進めましょう。」

田中部長が、また質問した。
「駅貼りポスター、5駅で1クール。費用対効果は、どう考えていますか。」
小林先輩は、資料を指差した。
「5駅合計で、1日あたり約200万人が通過します。1週間で、延べ1,400万人の目に触れる計算です。1インプレッションあたりのコストは、約0.04円。非常に効率的です。」
田中部長は、納得した表情になった。
「なるほど。数字で見ると、わかりやすいですね。」

小林先輩は、続けた。
「さらに、サインボードは年間掲出ですので、毎日継続的に接触します。ポスターは短期集中で認知を取り、サインボードは長期的にブランドを刷り込む。この組み合わせが、最も効果的だと考えています。」
田中部長は、頷いた。
「わかりました。方向性は、これでいきましょう。」

 

承認という勝利

「それでは、最後に確認です。」
小林先輩は、最後のスライドを開いた。
「今週金曜日にデザイン初稿をお見せして、来週前半でご確認いただき、水曜日までに確定。その後製作に入り、サインボードは6月初旬に設置、ポスターは6月1日から掲出開始。このスケジュールで進めてよろしいでしょうか。」
鈴木さんが、答えた。
「はい、大丈夫です。金曜日の初稿、楽しみにしています。」
「ありがとうございます。では、金曜日にメールでお送りしますね。」

田中部長が、最後に一言。
「今日のプレゼン、よかったです。方向性、このまま進めてください。よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
小林先輩は、深く頭を下げた。
佐藤も、一緒に頭を下げた。

 

プレゼンの舞台裏

クライアントが会議室を出た後、小林先輩は大きく息を吐いた。
「ふう、なんとか通ったわね。」
「お疲れ様でした。すごかったです。」
佐藤は、素直に感想を伝えた。
「すごくないわよ。でも、ちゃんと準備したから、質問にも答えられた。」
小林先輩は、コーヒーを飲んだ。
「でも、佐藤くん、気づいた?田中部長の質問、全部理由があるのよ。」
「理由、ですか。」
「そう。『サインボードの年間契約は必須か』って聞いたのは、予算が高いから、本当に必要なのか確認したかったの。『費用対効果は』って聞いたのは、数字で裏付けがあるか確認したかったの。」
小林先輩は、続けた。
「クライアントの質問には、必ず意図がある。その意図を読み取って、的確に答える。それが、プレゼンの極意なのよ。」
佐藤は、深く頷いた。
「わかりました。勉強になります。」

「さて、金曜日までにデザインの初稿を作らないと。火曜日に撮影したアパレルの案件も、木曜日までに初稿が上がってくる。来週はデザイン確定と製作手配で忙しくなるわね。」
「何かお手伝いできることはありますか。」
「ありがとう。でも、佐藤くんは研修だから、無理しなくていいのよ。今は、見て学ぶことが大事。」
小林先輩は、優しく笑った。

 

今日の発見

その日の午後、佐藤は会議室で、今日のプレゼンを振り返っていた。
小林先輩のプレゼンは、シンプルだった。派手な演出も、複雑なグラフもない。しかし、クライアントの心に響いていた。
なぜだろうか。

佐藤は、ノートに書き出してみた。
ターゲットの生活動線を考慮した、明確な駅選定理由。
サインボードとポスターの組み合わせによる、長期と短期の効果。
費用対効果を数字で示した、説得力のある説明。
クライアントの質問の意図を読み取った、的確な回答。
どれも、月曜日に佐藤が学んだことだ。

媒体を選ぶ理由。予算の計算。ターゲットの動線。
それらすべてが、プレゼンで活きていた。
月曜日は、資料を作るだけで精一杯だった。しかし今日、その資料がクライアントに承認された。
自分が関わった企画が、形になっていく。
佐藤は、初めて、広告の仕事の手応えを感じた。
プレゼンは、企画を説明する場ではなく、クライアントの心を動かす場。
小林先輩の言葉が、ようやく理解できた気がした。

時計を見ると、午後5時半。定時だ。
小林先輩が、声をかけてきた。
「佐藤くん、今日はここまで。お疲れさま。明日は、別の案件で入稿作業よ。制作部の人と一緒に、印刷会社への入稿データをチェックする。また違う世界を見せてあげる。」
「はい、楽しみにしてます。」
佐藤は、パソコンをシャットダウンして、オフィスを後にした。

 

帰り道

夜の街を歩きながら、佐藤は今日一日を振り返っていた。

プレゼンテーション。
クライアントの心を動かす。
質問の意図を読み取る。
数字で裏付ける。
月曜日は、媒体提案を作る日。
火曜日は、デザイナーと一緒にビジュアルを作る日。
水曜日は、クライアントに企画を伝える日。
それぞれの日で、違う仕事を経験している。
しかし、すべてが繋がって、一つの広告が完成していくのだ。

駅のホームで電車を待ちながら、佐藤は改札前のポスターを見た。
あのポスターも、誰かがプレゼンをして、承認をもらって、制作されたのだろう。
明日は、入稿作業。
印刷会社へのデータ入稿。
また新しい世界が、待っている。
佐藤は、電車に乗り込んだ。
広告業界での、3日目が終わった。

 

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