2026年7月8日
マーケティングブームはなぜ定番になるのか 仕掛け人がつくった行事と広告が果たす役割
ブームは、ある日突然生まれるもののように見えることがあります。
ある年から急に話題になり、売場に並び、テレビや雑誌、Webメディアで取り上げられ、気づけば多くの人が同じ行動をしている。バレンタインデーにはチョコレートを贈る。節分には恵方巻を食べる。母の日には花を贈る。土用の丑の日にはうなぎを食べる。受験では、志望校を偏差値で見比べる。
どれも今では自然に受け止められていますが、最初から日本中の定番だったわけではありません。その始まりをたどると、そこには商品に意味を与えた人、地域の風習を全国に広げようとした人、感謝の気持ちを贈り物に結びつけた人、進路の判断を数字で見せようとした人がいます。
小さな仕掛けは、一度で定番になるわけではありません。売場に並び、広告で伝えられ、毎年繰り返され、人々の会話に入っていくことで、少しずつ生活の中に根づいていきます。
ここでは、業界の仕掛けがどのようにブームを生み、それがどのように定番へ変わっていくのかを、具体的な事例とともに見ていきます。あわせて、広告が単に商品を知らせるだけではなく、人の行動や未来の当たり前をつくるきっかけにもなり得ることを考えていきます。
目次
ブームは、最初から文化として始まるわけではない
今では文化や行事のように見えるものでも、始まりは小さな売場づくりや販促だったことがあります。恵方巻やバレンタインデーは、そのわかりやすい例です。
売場に並ぶことで、行事は思い出される

恵方巻は、今では多くの人に知られた季節の行事です。節分が近づくと、スーパーやコンビニで予約が始まり、店頭にポスターが貼られます。毎年のように目にするため、昔からそうだったように感じる人も多いかもしれません。
しかし、この習慣が全国に広がったのは、それほど古い話ではありません。節分に太巻きを食べる風習はもともと大阪を中心とした関西の一部にありましたが、これを全国に広げたのはコンビニエンスストアでした。
日本記念日協会などの資料や各社の記録によれば、セブン-イレブンが1989年に広島県内の店舗で「恵方巻」という商品名をつけて販売を始め、1998年に全国展開へと広げたことが、全国的な普及のきっかけとされています。当時の巡回担当者が加盟店との会話から関西の風習を知り、商品として売り出したことが始まりだといわれています。
ブームが生まれるとき、最初から大きな流れになっていることはほとんどありません。はじめは一部の売場、一部の地域、一部の企業の小さな試みです。それが繰り返し伝えられ、人々の目に触れる機会が増えることで、少しずつ知っているものになっていきます。
行事は、カレンダーに書かれているだけでは生活に入りません。人がその行事を意識するのは、日常の中で何度も目にするからです。節分が近づくと店頭に予約ポスターが貼られ、チラシやアプリ、Web広告でも案内が始まります。毎年繰り返し目にすることで、節分と恵方巻が結びついていきます。売場は、商品を売る場所であると同時に、季節を知らせる場所でもあります。そこに広告やメディアの情報が重なることで、行事は人々の記憶に残りやすくなります。
参加しやすい行動が、ブームを広げる
大切なのは、その日に何をするのかがわかりやすいことです。節分なら恵方巻を食べる。バレンタインデーならチョコレートを贈る。行動がはっきりしていると、売場でも伝えやすく、広告でも表現しやすくなります。消費者にとっても、参加するためのハードルが低くなります。
バレンタインデーも、企業の働きかけによって広がった行事です。日本チョコレート・ココア協会の記録によれば、神戸の洋菓子メーカーであるモロゾフが1936年に外国人向けの英字新聞にチョコレートの広告を出したのが早い例とされ、戦後の1958年にはメリーチョコレートが東京の百貨店でバレンタインセールを行いました。当初の売上はごくわずかでしたが、翌年にはハート型のチョコレートと、女性から男性へという呼びかけが生まれ、1970年代に行事として定着していきました。
バレンタインデーも恵方巻も、行動はとてもわかりやすいものです。巻き寿司を買って食べる。チョコレートを選んで贈る。誰かに細かく説明されなくても、何をすればいいのかが伝わります。もちろん、そこには選ぶ楽しさもあります。誰に贈るのか、どんな商品にするのか、家族で食べるのか、自分用に買うのか。基本の行動はシンプルでも、その中に人それぞれの楽しみ方があります。
このわかりやすさと選ぶ余地があるからこそ、業界が仕掛けた小さな動きは広がりやすくなります。人が自分の生活に取り入れやすい形になったとき、ブームは一部の話題ではなく、多くの人が参加する動きへ変わっていきます。
人は理由があると、行動しやすくなる
ブームが広がる背景には、商品そのものだけでなく、なぜそれを買うのか、なぜその日に行動するのかという理由があります。母の日や土用の丑の日は、その代表的な例です。
商品ではなく、意味が行動を生む

母の日に花を贈ることや、土用の丑の日にうなぎを食べることは、今では多くの人に知られています。花もうなぎも、いつでも買うことができます。それでも、特定の日と結びつくことで、買う理由が生まれます。
母の日は、アメリカで生まれた行事が日本に伝わったものです。大正時代にキリスト教を通じて広まり始め、森永製菓が1937年に「森永母の日大会」を開いて大々的に告知したことが、全国に認知が広がるきっかけになったとされています。
アメリカでは、亡き母を慕ったアンナ・ジャービスがカーネーションを贈ったことが起源とされ、その意味が日本にも受け継がれました。母の日の花は、単なる花ではありません。感謝の気持ちを表すものとして受け止められています。普段は照れくさくて言えないありがとうも、花を通すことで伝えやすくなります。
土用の丑の日のうなぎについては、江戸時代の学者である平賀源内が、夏に売れないうなぎ屋のために「本日丑の日」という張り紙を勧め、それが評判になったという説が広く知られています。ただし、源内本人がこの宣伝文句を考えたことを示す当時の史料は残っておらず、後世の創作ではないかという指摘もあります。
もともと夏の土用には、うどんや梅干しなど「う」のつくものを食べると夏負けしないという言い伝えがあり、栄養価の高いうなぎがそこに結びついていったとも考えられています。由来は定かではありませんが、暑い時期に栄養のあるものを食べるという意味づけがあることで、うなぎはこの時期に食べたいものとして認識されていきました。
人は、必要なものだけを買っているわけではありません。季節だから買う。感謝を伝えたいから買う。縁起がよさそうだから買う。毎年の習慣だから買う。こうした理由があると、行動は自然に生まれやすくなります。
毎年繰り返されることで、生活の予定になる
一度話題になっただけでは、ブームで終わります。多くの人に知られても、翌年には忘れられてしまうこともあります。定番になるためには、繰り返しが必要です。
母の日が近づくと、花屋や商業施設、通販サイトでギフトの提案が増えます。土用の丑の日が近づくと、うなぎの予約や販売が目立つようになります。そうした光景を毎年見ることで、人は今年もその時期が来たと感じます。
この感覚が生まれると、行事は生活の予定に入っていきます。カレンダーを見て思い出すだけでなく、売場や広告を見て思い出す。家族との会話に出る。何を買うか考える。そうして行動が繰り返されるうちに、ブームは一時的な話題ではなくなっていきます。
業界の仕掛けは、最初から大きな文化をつくるわけではありません。小さなきっかけをつくり、それを毎年続けることで、人々の記憶に残していきます。やがてそれは、今年もやるもの、この時期には欠かせないものとして受け止められるようになります。ブームが定番になるには、商品だけでなく、意味と繰り返しが必要なのです。
仕掛けは、繰り返されることで定番になる
季節の行事だけでなく、人がものごとを見るための物差しも、業界の仕掛けによって広がることがあります。その代表例が、受験における偏差値です。
偏差値は、進路の見え方を変えた

偏差値は、恵方巻やバレンタインデーのように、何かを買ったり食べたりする行事ではありません。それでも今回のテーマでは、とても重要な事例です。偏差値は、進路をどう比べるかという見方を社会に広げたものだからです。
偏差値は、もともと統計で使われていた考え方を、学力を測るために応用したものです。
複数の資料によれば、東京の公立中学校で理科を教えていた桑田昭三が、1957年ごろ、生徒の進路指導が教師の経験や勘に頼っていることに疑問を持ち、客観的な物差しとして学力偏差値を使い始めたとされています。教え子の受験が思うようにいかなかった経験が、その出発点にあったといわれています。やがて予備校や模試業者が全国規模の受験データを集めて活用するようになり、1965年ごろから広く知られるようになりました。
進路の判断は、本来なら学べる内容、研究環境、校風、立地など、さまざまな要素で決まります。しかし、それらを一つひとつ比べるのは簡単ではありません。そこに偏差値という数字があると、学校がひとつの物差しの上に並んで見えます。自分は今どの位置にいるのか、志望校までどれくらい足りないのか、どの学校なら可能性があるのか。そうしたことが数字で示されると、受験生や保護者は次の行動を考えやすくなります。
ここで大切なのは、偏差値そのものが学校の価値をすべて表しているわけではないということです。考案した桑田自身も、偏差値は生徒の可能性を示す道具であって、数字だけで進路を切り分けるものではないと考えていたと伝えられています。それでも、学校を数字で比べる見方が広がったことで、受験の世界では偏差値が強い影響を持つようになりました。偏差値は学校そのものを変えたのではなく、学校の見え方を変えたのです。
広告は、未来の当たり前をつくるきっかけになる
恵方巻も、バレンタインデーのチョコレートも、母の日の花も、土用の丑の日のうなぎも、受験における偏差値も、今では当たり前のように受け止められています。
けれども、その始まりをたどると、そこには最初に形をつくった人がいます。商品に名前と意味を与えた人。感謝の気持ちを贈り物に結びつけた人。進路の判断を数字で見せようとした人。最初は、一部の売場や一部の地域、ひとつの業界の中だけの小さな動きだったかもしれません。
それでも、毎年繰り返され、売場に並び、広告で伝えられ、メディアに取り上げられ、人々の会話に入っていくことで、少しずつ広がっていきました。そして気づけば、日本の定番として受け止められるようになっていったのです。
まとめ
ブームは、自然に湧き上がるだけのものではありません。誰かが仕掛け、誰かが広げ、誰かが参加することで大きくなります。
広告とは、本来そういうものなのかもしれません。商品名を知らせるだけではなく、人が行動するきっかけをつくるものです。まだ知られていない価値に名前を与え、今までなかった習慣を見える場所に置き、何度も伝えることで、社会の中に残していく。広告には、そうした役割があります。
もちろん、すべての広告が後世に残るわけではありません。多くの広告は、その時々の売上や認知のためにつくられます。それでも、広告には、ある商品や行動を一時的な話題で終わらせず、生活の一部として定着させる力があります。
ブームをつくり、そのブームがやがてムーブとなり、いつか文化や定番として残っていく。その助けをすることも、広告の役割のひとつです。一つの売場、一つの言葉、一つの数字、一つの広告が、人の行動を変えることがあります。最初は小さな仕掛けでも、繰り返され、受け入れられ、語り継がれていけば、それは次の時代にも残っていくかもしれません。
広告は、今売るためだけのものではありません。未来の当たり前をつくるための、最初の小さな仕掛けにもなり得るのです。
新しい商品やサービスの認知拡大、季節に合わせた販促、地域での広告展開をご検討の際は、お気軽にご相談ください。私たちが、あなたの仕掛けを次の定番へと育てるお手伝いをいたします。






