2026年4月8日
マーケティング伝わる広告はなぜぶれないのか 訴求の一貫性が成果を支える理由
私たちは普段の生活の中で、たくさんの情報に触れています。情報が少なければ判断はそれほど難しくありませんが、情報が増えるほど、どれを重く見ればよいのかわかりにくくなります。
商品名やパッケージのデザイン、広告のコピー、口コミなど、判断の手がかりになる情報はさまざまです。こうした情報が増え、組み合わさるほど、全体の輪郭が見えにくくなることがあります。
情報の世界では、こうした不確かさや散らばりを考えるときに、エントロピーという概念が使われます。デジマール株式会社の解説によれば、エントロピーとは「情報の乱雑さや不確実さを表す量」のことです。
情報が整っているときはエントロピーが低く、乱雑で何が起こるか予測しにくい状態ではエントロピーが高くなります。少し専門的な言葉ですが、ここでは「情報が混ざり合うことで、何が大事なのかが見えにくくなる状態」として受け取れば十分です。
この考え方は、すでに広告の文脈でも取り上げられています。
2024年に日本広告業協会(JAAA)が公表した論文「広告熱力学」(福永氏)では、熱力学のエントロピー増大の法則を広告コミュニケーションに援用し、広告の本質的な意義を問い直す試みがなされています。
この考え方を広告の実務に引き寄せると、広告の情報もまた、人や媒体をまたぐうちに、少しずつ意味や印象が散っていくことがあります。最初ははっきりしていた訴求も、共有や制作、媒体ごとの調整を重ねるうちに、少しずつ別のものとして受け取られるようになることがあります。
ここでは、そうした状態を広告のエントロピーという視点から考え、訴求の一貫性をどう保てばよいかを掘り下げていきます。
広告のエントロピーとは何か
広告のエントロピーとは、広告が広がることそのものを指す言葉ではありません。広がる途中で、最初に伝えたかった意味や印象が少しずつ散っていく状態を指します。
広告は一度つくって終わるものではなく、共有され、整えられ、媒体ごとに形を変えながら届いていきます。その中で訴求の芯が見えにくくなると、広告は届いているのに伝わりにくくなります。
情報は広がるほど散らかる

広告は、企画した瞬間のまま世の中に出ていくわけではありません。社内で説明するときの言葉があり、制作へ渡すための整理があり、媒体に合わせた調整があり、配信後の見直しもあります。そのたびに、広告の情報は少しずつ言い換えられていきます。
もちろん、それ自体は不自然なことではありません。広告は多くの人と工程を通って形になるものだからです。
ただ、その小さな言い換えが重なると、最初にあったはずの訴求の芯が見えにくくなることがあります。企画段階でははっきりしていた強みが、途中から説明しやすい言葉へ置き換わり、気づけばどこでも見かけるような無難な表現になっていることもあります。
広告のエントロピーとは、こうした変化の積み重ねによって、もともと一つだった訴求の輪郭が少しずつ散っていく状態です。急に壊れるわけではなく、整えているつもりの過程で静かに起きていくところにやっかいさがあります。
問題なのは拡散ではなく、芯が散ること
ここで大事なのは、広告が広がること自体を悪いものとして捉えないことです。多くの人に届くことは、広告にとって必要です。媒体が増えることも、接点が増えることも、成果を考えれば前向きなことです。
問題になるのは、その広がりの途中で、何を伝える広告なのかが少しずつ見えにくくなることです。
たとえば、ある接点では価格の話をして、別の接点では高級感を語り、さらに別の接点では機能の便利さだけを押し出していたら、それぞれは間違っていなくても、受け手の中ではひとつの価値として結びつきにくくなります。
見た人ごとに残る印象がばらつけば、広告は届いているのに伝わりにくい状態になります。
広告のエントロピーが高まるとは、情報量が増えることではなく、接点が増える中で訴求の中心が散り、理解がそろいにくくなることを指しています。
一貫性はそのための設計
この視点から見ると、訴求の一貫性の意味が変わって見えます。
一貫性というと、同じコピーを繰り返すことや、同じ見た目にそろえることのように思われがちです。ですが、本当に必要なのはそこではありません。大切なのは、どの接点でも、伝えたい価値の中心が動かないことです。
動画では感情から入ってもよいですし、バナーでは便益を先に見せてもかまいません。SNSでは短く切り出し、LPでは丁寧に説明しても問題ありません。それでも、最後に受け手の中へ残る意味が同じであれば、広告はぶれにくくなります。
訴求の一貫性は見た目をそろえるためのルールではなく、広告が広がっても意味を失わないようにするための設計です。
伝わる広告がぶれないのは、表現が同じだからではありません。広がっても散らない芯が、最初から置かれているからです。
訴求はどこで劣化するのか
広告の訴求のブレは、特別な場面で急に生まれるものではありません。日常の業務の中で、気づかないうちに少しずつ積み重なっていきます。大きな失敗があったわけでもないのに、気づけば訴求の芯が見えにくくなっているのはそのためです。
ここでは、広告クリエイティブの一貫性がどこで崩れやすくなるのかを、実務の流れに沿って見ていきます。
共有のたびに丸くなる

広告の出発点には、本来ははっきりした意図があります。誰に向けた広告なのか。何を価値として伝えたいのか。どんな印象を残したいのか。そこが定まっているとき、広告の訴求には芯が生まれます。
だけど、その芯は共有の途中で少しずつ丸くなっていきます。
会議で説明するときには短い言葉に置き換えられ、確認の場では通りのよい表現に整えられ、関係者が増えるほど、角の立たない言い方へ寄っていきます。最初はその商品やサービスならではの強みがあったはずなのに、気づけば安心感や信頼感のような広い言葉だけが残っていることがあります。
伝わりやすくするための整理は必要です。が、そのたびに固有の価値が削られていくと、広告は見やすくなる一方で、印象に残りにくくなります。
訴求のブレは、こうした共有の積み重ねの中でも静かに始まっていきます。
媒体調整で主役が入れ替わる
広告は、どの媒体でも同じ形で出せばよいものではありません。検索広告と動画広告では見せ方が違いますし、SNSとLPでも受け取られ方は変わります。媒体に合わせて表現を変えること自体は、ごく自然なことです。
ただ、ここで変えてよいのは見せ方であって、訴求の中心ではありません。
たとえば、ある媒体では価格の手ごろさを強く見せ、別の媒体では高級感を前に出し、さらに別の接点では機能性だけを押し出していたら、それぞれに理由はあっても、受け手の中にはひとつの価値として残りにくくなります。接点が増えるほど理解が深まるはずなのに、接点ごとに別の印象が残れば、広告は届いているのに伝わりにくくなります。
広告のエントロピーが高まるのは、媒体が増えたからではありません。媒体ごとの調整の中で、何をいちばん伝える広告なのかが揺れ始めたときです。
広がるほど強くなる広告もあれば、広がるほど輪郭を失う広告もあります。その差は、訴求の主役が入れ替わっていないかどうかにあります。
改善を重ねるほど軸がぶれる
広告は出して終わりではありません。配信した後は反応を見ながら改善していきます。見出しを変えることもあれば、画像を差し替えることもあります。導線を見直すこともありますし、より反応のよい表現へ寄せていくこともあります。こうした改善は、広告運用では欠かせない仕事です。
ただ、その改善が続くほど、当初の意図から少しずつ離れていくことがあります。
数字が動いた表現を積み重ねるうちに、本来伝えたかった価値よりも、その場で反応が取りやすい言葉が前に出てくることがあります。すると、短期的には結果が出ていても、広告全体の訴求としては別のものになっていきます。
問題なのは、改善そのものではありません。何を守りながら変えるのかが曖昧なまま手を入れ続けることです。
軸がないまま調整を重ねると、訴求がぶれたまま広告は少しずつ意味を散らしていきます。広告のエントロピーは、こうした改善の積み重ねの中でも、じわじわと上がっていくものです。
自社の広告を診断する
自社の広告がどこで訴求のブレを生んでいるのかは、外からはなかなか見えにくいものです。自分たちの中にいると、少しずつ変わってきたことに気づきにくくなります。対処を考える前に、まず現状を正確に見ることが必要です。
ここでは、実務の中で確認できる3つの問いを示します。当てはまるものがあれば、広告の訴求の一貫性がどこかで崩れ始めているサインとして受け取ってください。
接点ごとに印象がばらついていないか

まず確認したいのは、複数の媒体や接点で出している広告を並べたときに、同じ商品やサービスの広告として一本の線でつながるかどうかです。検索広告、SNS広告、交通広告、LPを並べて見たとき、受け手が受け取る印象の中心がそろっているかを確認します。
価格を前面に出しているものと、ブランドの世界観を打ち出しているものが混在していないか。機能の説明に終始している媒体と、感情に訴える表現をしている媒体が、別々の商品に見えていないか。
接点ごとに役割を分けるのは正しいことですが、最終的に受け手の中へ残る価値が同じであることが前提です。
訴求の一貫性が保たれると、広告の効果は接点をまたいで積み重なっていきます。
株式会社サイカがMMMを用いて実施したブランド蓄積効果の分析では、ある耐久消費財ブランドのケースで、出稿直後の短期成果を100としたとき、その後47か月間でさらに65の成果が積み上がったことが示されています。
この蓄積は、広告が接点をまたいで一貫した価値を届け続けることで生まれます。接点ごとに印象がばらついている状態では、こうした積み上がりは起きにくくなります。
改善が訴求の軸をずらしていないか
次に確認したいのは、運用の中での改善が、訴求の軸ごと動かしていないかどうかです。クリック率が上がった表現、コンバージョンが増えたコピーを積み重ねていくうちに、気づかないうちに当初とは別の訴求になっていることがあります。
確認の目安になるのは、「今の広告は、最初に決めた価値を伝えているか」という問いです。数字の良し悪しではなく、訴求の中心がずれていないかという視点で、現在配信中の広告を見直してみてください。
もし改善を重ねた結果として、最初に設定した中心メッセージが見えにくくなっているなら、広告のエントロピーはすでに高まっています。
ここで注意したいのは、この問い自体に答えにくくなっているケースです。
「そもそも最初に何を伝えようとしていたのか」がチームの中で曖昧になっているとしたら、訴求の軸はすでに言葉として残っていない状態です。数字の改善と訴求の維持を両立させるためには、判断の基準をあらかじめ言葉にしておくことが必要です。
制作と運用の視点がそろっているか
3つ目の問いは、広告に関わる人たちが、同じ判断軸で広告を見ているかどうかです。
制作は表現の完成度を見ていて、運用は数字の動きを見ている。それぞれの視点は必要ですが、「この広告は最初に決めた価値を伝えているか」という問いが共通の判断基準になっていないと、広告運用の改善のたびに方向がずれやすくなります。
社内での確認でも、外部パートナーとのやり取りでも、「訴求の芯が保たれているか」という視点が抜け落ちていないかを意識してみてください。見た目が整っているか、数字が良いかだけではなく、伝えるべき価値が変わっていないかを確認する場があるかどうかが、訴求の一貫性を保つための土台になります。
3つの問いのいずれかに引っかかるものがあれば、次の章で示す設計の考え方を参考にしてみてください。
エントロピーを抑える3つの設計
前の章では、広告の訴求のブレがどこで生まれやすいかを確認しました。この章では、そのブレを防ぐために実務の中で取り組める設計の考え方を示します。
広告のエントロピーは完全になくせるものではありませんが、訴求の芯まで散ってしまうのを防ぐことはできます。そのために必要なのは、広告を出す前の設計と、出した後の運用の方針を、あらかじめ整えておくことです。
中心メッセージを最初に固定する

広告をつくるとき、先に決めるべきなのは見出しの言い回しやデザインの方向ではありません。まず定めるべきなのは、この広告は誰に向けて、何を、どんな価値として伝えるのかという中心メッセージです。ここが曖昧なまま制作を始めると、表現は整っていても、接点ごとに伝える内容が変わりやすくなります。
中心メッセージの定め方に決まった型はありませんが、「誰の、どんな状況に対して、何を提供するのか」という3点を言葉にしておくことが出発点になります。
これが一文で言えるようになっていると、制作の判断基準が生まれます。「この表現は中心メッセージに沿っているか」という問いが、社内でも外部パートナーとの確認でも使えるようになります。
中心メッセージが定まっていれば、媒体ごとに表現を変えても、広告全体の方向はそろいます。
検索広告では短く切り出し、動画では情景から見せ、LPでは詳しく説明するといった違いがあっても、受け手の中に残る価値が同じであれば、訴求の一貫性は保たれます。
広告のエントロピーを抑える出発点は、表現をそろえることではなく、最初に何をいちばん伝える広告なのかをはっきりさせることにあります。
変えてよいものと守るものを分ける
中心メッセージが定まったら、次に必要なのは「何を変えてよくて、何を守るのか」の線引きです。
広告クリエイティブがぶれやすくなるのは、媒体ごとの調整そのものが原因ではありません。調整のたびに何まで変えてよいのかが曖昧なまま進んでしまうことが問題です。
媒体によって接触時間も受け手の状態も異なるので、切り口や導入の仕方、情報を見せる順番、表現の長さや言葉のトーンは、媒体に合わせて柔軟に変えてかまいません。一方で、誰に向けた広告なのか、何を価値として伝えるのか、受け手にどんな印象を残したいのかという軸は、媒体をまたいでも動かさないことが大切です。
表現を変えるたびにこの軸まで揺れてしまうと、接点ごとに別の広告として受け取られていきます。
この線引きをチームで共有しておくことで、媒体ごとの最適化を進めながら、広告全体の輪郭を保ちやすくなります。変えてはいけないものが言語化されていると、改善の判断がしやすくなり、訴求のブレを未然に抑えることができます。
同じ軸で確認できる仕組みをつくる
設計と線引きが整っていても、それが運用の中で守られ続けなければ意味がありません。
広告は出した後も改善が続きます。数字を見ながら調整していくこと自体は正しいことですが、その過程で中心メッセージが変わっていないかを定期的に確認する仕組みが必要です。
具体的には、改善を判断するときの評価軸に、「訴求の芯が保たれているか」という項目を加えることが有効です。
クリック率やコンバージョン率といった数字の評価に加えて、「この変更は最初に決めた価値を伝えているか」という問いを確認のセットに組み込んでおくことで、数字の改善と訴求の維持を同時に見られるようになります。
広告の訴求の一貫性を保つには、設計と運用が同じ言葉で話せる状態をつくることが重要です。制作と運用が別々のチームで動いている場合も、中心メッセージと変えてはいけないものの言語化が共有されていれば、判断の軸はそろいやすくなります。
伝わる広告は、ひとつの表現だけが優れているのではなく、設計、制作、運用のあいだで同じ価値が保たれているからこそ、広がってもぶれにくくなります。
まとめ
広告は、多くの人に届くほど価値を持ちやすくなります。けれど、広がるほど、最初に伝えたかった内容がそのまま届くとは限りません。
共有され、整えられ、媒体ごとに形を変え、改善を重ねるうちに、訴求の芯は少しずつ散っていきます。広告のエントロピーとは、そうした状態を捉えるための視点です。
大切なのは、拡散そのものを問題にしないことです。広がる途中で、何を伝える広告なのかが見えにくくなることが問題です。
企画意図が丸くなり、媒体ごとに訴求の主役が入れ替わり、改善を重ねる中で元の価値が薄れていけば、広告は届いているのに伝わりにくくなります。
では、何が必要かといえば、訴求の一貫性です。
同じ表現を並べるためではなく、広がっても意味を失わない広告にするために、一貫性は欠かせません。最初に中心メッセージを定め、変えてよいものと守るものを分け、制作と運用が同じ軸で確認できる状態をつくること。この3つが、広告のエントロピーを抑え、広告の成果を積み上げることにつながります。
複数の媒体で広告を展開しているのに印象がそろわない。広告運用の改善を重ねるほど、最初の訴求が薄まっていく。そんな課題を感じている場合は、表現だけでなく、訴求のブレがどこで生まれているのかを見直すことが大切です。
訴求設計やクリエイティブ運用の整理について、お気軽にお問い合わせフォームからご相談ください。






