2026年1月30日
マーケティング広告担当者の“引き継ぎ”完全ガイド 4月に慌てないための準備と考え方
前回のコラムでは、次年度の広告予算に「根拠」を持たせるための考え方を整理しました。
去年の広告は何を残したのか、来期の事業に広告は何を求められているのか、今年は何をやらないのか。この3つの判断軸を言葉にできれば、予算会議での説明は格段にしやすくなる、という話でした。
しかし、せっかく組み立てた予算も、4月の人事異動で担当者が変わった途端に意味を失ってしまうことがあります。なぜその金額なのか、なぜその配分なのか。判断の背景が引き継がれなければ、新しい担当者はゼロから考え直すことになります。あるいは、よくわからないまま「前任者がやっていたから」という理由で続けることになります。
広告の引き継ぎは、多くの企業で毎年のように課題になります。担当者が変わった途端に成果が落ちた、広告が止まってしまった、代理店との関係がぎくしゃくした。こうした話は珍しくありません。
ここでは、広告担当者が引き継ぐべきものは何か、どうすれば4月に慌てずに済むのかを整理していきます。単なる作業手順の話ではなく、広告を「資産」として引き継ぐという視点から考えてみます。
目次
広告担当者の引き継ぎが「毎年の課題」になる理由
広告の引き継ぎがうまくいかない背景には、広告運用という仕事の特性があります。
株式会社NEXERが2024年に実施した調査によると、業務の属人化によって「業務の引継ぎが困難である」と回答した人は52.8%にのぼりました。また、「手順やプロセスが文書化されていない」が47.9%、「キーパーソンの不在が業務に深刻な影響を及ぼす」が44.4%という結果も出ています。
これは業務全般の数字ですが、広告運用はこの傾向がさらに強く出やすい領域です。
広告運用は判断の連続で成り立っている
広告運用の仕事は、単純作業の繰り返しではありません。
「この広告は続けるべきか、止めるべきか」「予算をどこに寄せるか」「クリエイティブをどう変えるか」「代理店からの提案を採用するかどうか」。日々、大小さまざまな判断を重ねています。その判断の積み重ねが、成果につながっています。
問題は、この判断のプロセスが外から見えにくいことです。管理画面を操作している姿は見えても、なぜその操作をしたのかは見えません。報告書には結果の数字は載りますが、判断の理由までは書かれていないことがほとんどです。
その結果、担当者の頭の中にだけノウハウが蓄積され、組織としては何も残らないという状態が生まれます。
「作業の引き継ぎ」では足りない

引き継ぎというと、ログイン情報や操作手順を伝えることだと思われがちです。たしかにそれも必要ですが、それだけでは広告運用は回りません。
たとえば、Web広告の管理画面にログインできるようになったとします。キャンペーンの構造も見えます。しかし、「なぜこの構造になっているのか」「なぜこのキーワードに予算を寄せているのか」「過去にどんな施策を試して、何がうまくいかなかったのか」がわからなければ、新しい担当者は正しい判断ができません。
結果として、前任者がやっていたことをそのまま続けるか、わからないまま手を加えて成果を悪化させるか、どちらかになりがちです。あるいは、「よくわからないから代理店に任せる」という形で、社内にノウハウが残らない状態がさらに進むこともあります。
引き継ぎの時間は常に足りない
もう一つの問題は、引き継ぎに使える時間の少なさです。
人事異動は、往々にして急に決まります。「来月から別の部署に異動」と言われてから、実際に異動するまでの期間は短いことがほとんどです。その間も通常業務は止まりません。新しい担当者も、前任者も、引き継ぎだけに集中できる時間はほとんどありません。
だからこそ、異動が決まってから慌てて準備するのではなく、日頃から「引き継げる状態」をつくっておくことが大切です。これは後任のためだけでなく、自分自身のためでもあります。
広告における「資産」は2種類ある
当社のコラムでは、これまで広告を「資産」として捉える視点を紹介してきました。
年度末の振り返り方、認知を貯金するという考え方、予算に根拠を持たせる判断軸。それぞれ別のテーマを扱っていますが、根底にあるのは「広告は使い捨てではなく、会社に残るものがある」という発想です。
ここで改めて整理しておきたいのは、広告における「資産」には2種類あるということです。
外向きの資産としての「認知」
一つは、市場や顧客の側に蓄積される資産です。
これは、以前のコラム「年度末の余った予算を”資産”に変える」で詳しく説明した「認知」にあたります。
広告によって、企業名やサービス名を知ってもらう。どんな価値を提供している会社なのかを理解してもらう。選択肢の一つとして記憶に残してもらう。こうした認知は、広告が終わった後もじわじわと効き続けます。営業先で「聞いたことがあります」と言われる、展示会での反応が柔らかくなる、採用面接で「広告を見ました」と言われる。これらはすべて、認知という資産が効いている証拠です。
この資産は、担当者が変わっても消えません。前任者が積み上げた認知は、新しい担当者のもとでも効き続けます。
内向きの資産としての「ノウハウ」
もう一つは、社内に蓄積される資産です。
これは、広告運用を通じて得られた知見やノウハウにあたります。
なぜこの媒体を使っているのか。なぜこのKPIを設定しているのか。過去にどんな施策を試して、何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか。どんな判断をして、その結果どうなったのか。こうした情報は、次の施策を考えるうえで非常に価値があります。
しかし、この資産は担当者が変わると失われやすいのです。認知は市場側に残りますが、ノウハウは担当者の頭の中にしかありません。引き継ぎがうまくいかなければ、ゼロからやり直しになってしまいます。
引き継ぎとは「内向きの資産」を残すこと

広告の引き継ぎを考えるとき、この2種類の資産を意識しておくと整理しやすくなります。
外向きの資産である認知は、担当者が変わっても引き継ぎ作業なしに残ります。市場側に蓄積されているものなので、特別な作業は必要ありません。
一方、内向きの資産であるノウハウは、意識的に引き継がないと失われます。担当者の頭の中にあるものを、何らかの形で外に出しておく必要があります。これが、広告の引き継ぎの本質です。
作業手順を伝えるだけでは不十分な理由は、ここにあります。引き継ぐべきは作業ではなく、判断の背景です。なぜそうしているのか、なぜそう決めたのか。この「なぜ」を伝えることが、内向きの資産を引き継ぐということです。
引き継ぐべき「考え方」を整理する
では、具体的に何を引き継げばよいのでしょうか。まずは「考え方」の部分から整理します。
広告全体の目的を言葉にする
最初に整理すべきは、広告全体の目的です。「売上を上げるため」では抽象的すぎます。
今の広告は、短期的な獲得を狙っているのか、中長期の認知を積み上げようとしているのか。新規顧客の開拓が目的なのか、既存顧客との関係強化が目的なのか。BtoBなのかBtoCなのか。
こうした大きな方向性を、一言で説明できるようにしておきます。たとえば、「今年の広告は、新規事業の認知獲得がメインで、既存事業は刈り取り中心」といった具合です。
この大きな方向性がわかっていれば、新しい担当者も判断の軸を持つことができます。逆に、ここが曖昧だと、すべての施策が場当たり的になります。
KPIとその設定理由を残す
次に、KPIとその設定理由を残します。
「獲得コスト1万円以下」というKPIがあったとして、なぜ1万円なのか。過去の実績から導いた数字なのか、事業計画から逆算した数字なのか、競合の水準を参考にした数字なのか。この理由がわかれば、新しい担当者も「この数字にどこまでこだわるべきか」を判断できます。
また、過去にKPIを変更したことがあれば、その経緯も残しておきます。「以前はクリック率をKPIにしていたが、クリックだけ増えても売上につながらなかったので、獲得コストに変えた」といった情報は、同じ失敗を繰り返さないために役立ちます。
うまくいったこと、いかなかったことを記録する
判断の履歴として、うまくいったこと、いかなかったことを記録しておきます。
「この訴求のクリエイティブは反応が良かった」「このキーワードは獲得効率が悪かった」「この時期に予算を増やしたが効果がなかった」。こうした情報は、次の施策を考えるうえで非常に価値があります。
完璧なレポートを作る必要はありません。箇条書きでも、メモでも構いません。大事なのは、「なぜうまくいったのか」「なぜうまくいかなかったのか」の考察を残しておくことです。結果だけでなく、そこから何を学んだかを残しておくと、新しい担当者の判断材料になります。
引き継ぐべき「情報」を整理する
考え方の次は、具体的な情報です。引き継ぎリストとして、最低限押さえておきたい項目を整理します。
広告に関するアクセス情報・契約情報

まず、広告を管理・確認するために必要な情報です。
Web広告であれば、管理画面のログイン情報、アクセス権限の付与方法、連携している分析ツールのアカウント情報などがあります。個人のメールアドレスに紐づいているアカウントがあると、担当者が異動した後にアクセスできなくなるリスクがあるので、可能であれば共有アカウントや部署のメールアドレスに紐づけておくのが望ましいです。
交通広告やOOHであれば、媒体社や代理店との契約状況、年間の掲出スケジュール、過去の掲出実績、デザインデータの保管場所などが該当します。「どの路線に、いつから、どのくらいの期間出しているのか」「契約更新のタイミングはいつか」「デザインの入稿規定はどうなっているか」といった情報を整理しておきます。
アカウント構造と設計意図
次に、広告アカウントの構造と、その設計意図です。
キャンペーンや広告グループがどういう考え方で分けられているのか。商品カテゴリ別なのか、ターゲット別なのか、目的別なのか。テスト用と本番用をどう分けているのか。
この構造には必ず意図があります。前任者が考えて設計したものです。その意図がわからないまま構造を変えてしまうと、成果が落ちる原因になります。逆に、意図がわかっていれば、状況に応じて適切に変更することもできます。
運用ルールと判断基準
日々の運用で使っている判断基準やルールを整理します。
予算の調整はどのタイミングで行うのか。入札単価の調整はどういう基準で判断するのか。クリエイティブの差し替えはどのくらいの頻度で行うのか。成果が悪化したときに、どこまで様子を見て、どこから手を打つのか。
こうしたルールは、明文化されていないことが多いです。担当者の頭の中にだけあって、「なんとなくこうしている」という状態になりがちです。完璧なマニュアルを作る必要はありませんが、主要な判断基準だけでも言葉にしておくと、新しい担当者の助けになります。
代理店との役割分担と連絡体制
広告代理店と協業している場合は、役割分担と連絡体制を明確にしておきます。
どこまでを社内で判断し、どこを代理店に委ねているのか。定例会では何を確認しているのか。レポートはどの頻度で、どういう形式で受け取っているのか。代理店の担当者は誰で、緊急時の連絡先はどこか。
また、代理店との関係でうまくいっていること、課題に感じていることも共有しておきます。「提案は積極的にもらえるが、レポートの納品が遅れがち」「細かい調整は任せているが、大きな方針変更は必ず社内で確認している」といった情報は、新しい担当者が代理店と良好な関係を続けるために役立ちます。
年間スケジュールと季節要因
広告運用には、年間を通じたリズムがあります。
繁忙期と閑散期はいつか。季節によって反応が変わるキーワードや訴求はあるか。年間の予算配分はどうなっているか。定期的に行っているキャンペーンや施策はあるか。
これらの情報がないと、新しい担当者は季節要因に対応できません。「毎年この時期は獲得コストが上がる」という情報を知らなければ、成果悪化を自分の運用のせいだと誤解してしまうこともあります。
過去の施策と結果のアーカイブ
過去に実施した施策とその結果を、アーカイブとして残しておきます。
どんなクリエイティブを使ったか。どんなキャンペーンを実施したか。新しい媒体を試したことはあるか。それぞれの結果はどうだったか。
画像や動画のクリエイティブは、共有フォルダなどに整理しておきます。過去のレポートも、いつでも見返せる状態にしておきます。これらは、新しい施策を考えるときの参考資料になります。
引き継ぎを「日常業務」に組み込む
ここまで読んで、「こんなに整理するのは大変だ」と感じた方もいるかもしれません。たしかに、異動が決まってからすべてを準備しようとすると、時間が足りません。
だからこそ、引き継ぎは日常業務の中に組み込んでおくことが大切です。
完璧な資料より、更新し続けられる仕組み
引き継ぎ資料というと、分厚いマニュアルをイメージするかもしれません。
しかし、そういった資料は作るのに時間がかかるうえに、作った瞬間から古くなっていきます。広告運用は変化が激しい領域なので、半年前の情報はすでに使えないことも珍しくありません。
それよりも、簡単でいいから更新し続けられる仕組みをつくるほうが現実的です。
たとえば、判断の理由を一言残す習慣をつける。「予算を増やした。理由は競合の出稿が減って獲得効率が良くなったから」といった程度のメモでも、後から見返したときに役立ちます。
施策を実施したら、結果を簡単にまとめる。「新しいクリエイティブをテスト。結果は既存より獲得コスト15%改善。横展開を検討」といった一行メモでも十分です。
こうした小さな積み重ねが、結果的に引き継ぎの負担を軽くします。異動が決まってから慌てて思い出すのではなく、日々の記録があれば、それをまとめるだけで引き継ぎ資料になります。
記録の置き場所を決めておく

記録を残すときに大事なのは、置き場所を決めておくことです。
自分のパソコンのローカルフォルダに保存していると、異動したときにアクセスできなくなります。個人のメモアプリに書いていると、引き継ぎのときに探すのが大変です。
社内の共有フォルダやクラウドストレージなど、誰でもアクセスできる場所に、一定のルールで保存しておきます。「広告運用」というフォルダの中に、「レポート」「施策記録」「アカウント情報」といったサブフォルダを作っておく。このくらいの整理でも、ないよりはずっとましです。
週に一度、振り返りの時間をつくる
日々の業務に追われていると、記録を残す余裕がなくなりがちです。
そこでおすすめなのは、週に一度、短時間でいいので振り返りの時間をつくることです。15分でも30分でも構いません。今週やったこと、判断したこと、気づいたことを、簡単にメモしておきます。
この習慣があると、引き継ぎのときだけでなく、自分自身の振り返りにも役立ちます。「先月、同じような状況でどう判断したっけ」と思ったときに、記録があればすぐに確認できます。
引き継ぎは「自分を守る」仕組みでもある
引き継ぎというと、「後任のためにやること」というイメージがあるかもしれません。しかし、実は引き継ぎの準備は、自分自身を守ることにもつながります。
異動後の問い合わせを減らす
引き継ぎがうまくいかないと、異動した後も前の部署から問い合わせが来ます。
「あの広告のログイン情報どこだっけ」「この数字ってどういう意味だったっけ」「代理店の担当者の連絡先教えて」。
新しい部署での業務に集中したいのに、前の業務の問い合わせに対応し続けることになります。これは、自分にとっても、後任にとっても、組織にとっても非効率です。
引き継ぎをしっかりやっておけば、こうした問い合わせは大幅に減ります。
「引き継ぎ資料を見てください」で済むようになります。異動後の負担を減らすという意味で、引き継ぎの準備は自分への投資でもあります。
自分の仕事を「見える化」する
引き継ぎの準備をする過程で、自分の仕事が「見える化」されます。
普段は無意識にやっている判断も、言葉にしようとすると意外と難しいことに気づきます。「なんとなくこうしている」「感覚でやっている」という部分を、改めて整理することになります。
この作業は、自分自身の仕事の棚卸しにもなります。「実はこの作業、意味がないかもしれない」「ここは効率化できそうだ」といった気づきが生まれることもあります。引き継ぎの準備をすることで、自分の仕事の質が上がるという副産物もあります。
評価につながる
また、引き継ぎがうまくいくと、評価にもつながります。
「あの人が担当していたときはうまく回っていた」という評判は、引き継ぎがスムーズだった場合に生まれやすいです。逆に、引き継ぎがうまくいかず後任が苦労すると、「前の担当者は何をやっていたのか」という評価になりかねません。
自分がいなくなった後も成果が続く状態をつくることは、自分の仕事の価値を証明することでもあります。
まとめ
広告担当者の引き継ぎは、単なる作業の引き継ぎではありません。広告運用を通じて得られた知見やノウハウ、つまり「内向きの資産」を組織に残すことです。
当社のコラムでは、これまで広告を「資産」として捉える視点を紹介してきました。年度末の振り返り方、認知を貯金するという考え方、予算に根拠を持たせる判断軸、そして今回の引き継ぎ。テーマは異なりますが、共通しているのは「広告は会社に残る」という発想です。
外向きの資産である「認知」は、担当者が変わっても市場側に残り続けます。しかし、内向きの資産である「ノウハウ」は、意識的に引き継がないと失われてしまいます。
引き継ぐべきは、作業手順だけではありません。広告全体の目的、KPIとその設定理由、うまくいったこと、いかなかったこと。こうした「考え方」の部分を言葉にしておくことが大切です。そのうえで、アカウント情報、運用ルール、代理店との役割分担、年間スケジュールといった具体的な「情報」を整理しておきます。
そして、引き継ぎは異動が決まってから慌てて準備するものではありません。日頃から、判断の理由を一言残す、施策の結果を簡単にまとめる、といった小さな積み重ねが、結果的に大きな助けになります。
4月の人事異動シーズンはすぐにやってきます。いざ異動が決まってから準備するのでは間に合いません。今のうちから、「引き継げる状態」をつくっておくことをおすすめします。
広告の引き継ぎは、どの企業でも悩ましいテーマです。当社では、広告運用や年度末の予算活用に関する情報をメールマガジンで定期的に配信しています。今後の広告計画のヒントとして、ぜひご登録ください。






