2026年1月15日
交通・屋外広告移動がメディアになる瞬間 タクシー広告が生む「富裕層との18分」のリアル
タクシーのドアが閉まり、メーターが入るとき、私たちは「移動の時間が始まった」と考えがちです。しかし、広告という視点で見ると、この瞬間から別の顔が立ち上がります。それが「タクシーサイネージ」という広告メディアです。
都市部のタクシーは、いまや単なる移動手段ではなく、ビジネスパーソンや富裕層に向けた一台のメディアとしても機能し始めています。
後部座席の正面に設置されたモニターには、ニュースや情報番組と並んでさまざまな企業の広告が流れます。乗客はその画面を、平均すると十数分以上にわたって目の前に置くことになります。タクシー広告が「富裕層の広告接点」と呼ばれるようになった背景には、こうした生活実態の変化と、デジタルサイネージ技術の普及があります。
このコラムでは、タクシー広告の現状について、媒体社や調査会社が公表しているデータや調査結果をもとに、「どのくらいの規模のメディアなのか」「どのような人に届いているのか」「どのような広告効果が報告されているのか」を整理していきます。イメージ先行ではなく、実際に示されている数字から、移動がメディアに変わる瞬間をできるだけ具体的に描いていきます。
目次
タクシー広告はどこまで届いているのか
タクシーサイネージという言葉を耳にする機会が増えました。しかし、実際にどのくらいの台数に画面が設置されていて、どんな人たちがその画面の前に座っているのか、具体的なイメージを持っている方は意外と少ないかもしれません。まずはメディアとしての規模感と、乗客層の特徴を整理してみましょう。
全国7万台、東京では3万7千台以上のタクシーに画面がある

まず規模について触れておきます。
タクシーサイネージの代表的な媒体のひとつである「TOKYO PRIME」は、公式サイトで全国35都道府県、約7万1千台のタクシーにサイネージを設置していると発表しています。また、もうひとつの主要媒体である「GROWTH」も都内を中心に展開しており、この2つの媒体を合わせると、東京都内だけで3万7千台以上のタクシーにサイネージが設置されている計算になります。
全国的には、タクシー全体に対して少なくとも3割前後の車両に車内サイネージが導入されています。大阪や名古屋などの大都市圏では、都道府県単位で見るとタクシーの半数前後にまで広がっている地域もあります。
数年前までは「たまに乗ると画面がついているタクシーがある」といった印象だったかもしれませんが、少なくとも首都圏においては、デジタルサイネージ付きのタクシーが新しい標準になりつつあると言ってよさそうです。
一方で、交通広告全体で見れば、電車やバスの車内・車外広告の方が、到達人数という点では圧倒的に大きなボリュームを持っています。タクシー広告は、鉄道やバスを押しのけて主役の座についたわけではなく、その中で「特定の層に深く届きやすいポジション」を担っているメディアだと捉えるのが現実的です。
乗っているのは誰なのか
では、その画面の前に座っているのはどんな人たちなのでしょうか。
タクシーは鉄道やバスに比べて料金が高く、日常的に利用するには一定以上の経済的な余裕が必要な移動手段です。都市部では、ビジネスでの移動や会食の行き帰り、終電後の帰宅など、ビジネスパーソンの利用が中心です。その中には、企業の役職者や意思決定に関わる立場の人も少なくありません。タクシー広告が「富裕層やビジネスのキーパーソンに届きやすいメディア」と言われる背景には、こうした利用実態があります。
もちろん、すべての乗客が高所得者とは限りません。近距離移動や雨の日の利用など、さまざまなシーンがあります。それでも、タクシーという移動手段の性質上、鉄道やバスに比べれば、富裕層やビジネスのキーパーソンを含むセグメントと出会いやすいメディアであることは確かです。
18分という閉じた空間の価値
タクシー広告が他の交通広告と異なる点は、視聴環境にあります。電車やバスのように不特定多数が行き交う空間ではなく、乗客と画面が一対一で向き合う閉じた空間。この違いが、広告接触の質にどう影響するのかを、距離や時間、そして市場全体の動向とあわせて見ていきます。
目の前の画面、視線の逃げ場がない
続いて、視聴環境について見てみましょう。タクシーサイネージの画面は後部座席の正面、乗客の目の前に設置されています。しかもタクシー車内は、他の公共交通機関と比べて外部からの情報が入りにくい、プライベート性の高い空間です。車内アナウンスや車外の広告で視線が分散しやすい電車に比べると、タクシーの後部座席は、目の前の画面に自然と意識が向きやすい環境と言えます。
さらに、日本交通が行った調査によると、タクシーの平均乗車時間は18分とされています。この18分という時間は、仕事をするには中途半端で、何もしていないと長く感じる、いわば「スキマ時間」です。
18分という時間は、テレビCMの枠で考えるとかなり長いものです。もちろん、乗客がずっと画面だけを見ているわけではありません。スマートフォンを操作したり、車窓を眺めたり、同乗者と会話をしたりすることもあるでしょう。それでも、十数分のあいだ目の前で繰り返し流れる動画は、電車の構内で数秒だけ視界をかすめるサイネージとは、接触の質が異なります。広告会社や媒体社が「視認率が高い」「記憶に残りやすい」と表現する背景には、この閉じた空間と時間の長さがあります。
デジタルサイネージ市場は交通広告が引っ張っている

タクシー広告が注目を集める理由のひとつは、市場全体の成長トレンドにもあります。CARTA HOLDINGSとデジタルインファクトが行ったデジタルサイネージ広告市場の調査によると、2023年のデジタルサイネージ広告市場規模は801億円で、前年比119パーセントと推計されています。その内訳を見ると、鉄道やタクシー、バス、空港などを含む「交通機関」分野が399億円で、全体の約半分を占めています。
この数字は、デジタルサイネージ全体の中で、交通系のメディアが非常に大きなポジションを占めていることを示しています。交通機関の中には、鉄道車両や駅構内、バス車内やバス停、空港などさまざまな媒体が含まれますが、その一角をタクシーサイネージが担っていると考えられます。タクシー広告だけの市場規模を独立して示した公的な統計はほとんど見当たりませんが、少なくともデジタルサイネージ全体の中で「交通」というカテゴリーが重要な役割を果たしているという構図は共有されています。
タクシー広告は本当に効くのか
広告を出す以上、気になるのは効果です。媒体社が公表している調査データをもとに、どの程度の広告想起や興味喚起が報告されているのかを確認します。同時に、そのデータをどう読むべきか、期待しすぎてはいけない点についても触れておきます。
繰り返し乗る人には届きやすい
ここまで、規模、ターゲット、視聴環境、市場全体の位置づけを見てきました。次に、実際の広告効果についても見ておきましょう。媒体社による効果検証の多くは、インターネット調査を使った自己調査であり、中立機関によるものではありません。それでも、広告出稿を検討する企業にとっては、ひとつの目安となるデータです。
各媒体社が公表している調査では、タクシーサイネージで流れた広告について、一定の認知や興味喚起が報告されています。ここから言えるのは、タクシー広告は莫大なリーチを稼ぐマスメディアではないものの、一人一人との接触が比較的濃いメディアであるということです。
乗客の側から見ると、タクシーに乗る頻度や使い方は人それぞれです。毎日のように乗る人もいれば、月に数回だけという人もいます。とくに都市部では、特定のシーンで繰り返し利用する人が多くなります。そのため、同じ乗客に対して、一定期間のうちに複数回広告接触が起こる可能性があります。
マーケティングの世界では、同じ広告に3回以上触れると記憶に残りやすくなると言われますが、タクシー広告はその「繰り返し接触」が起こりやすい環境にあると整理されています。
届かない層もいる、万能ではない
一方で、タクシー広告には限界もあります。まず、タクシーを利用しない生活者にはそもそも届きません。タクシー利用が多いのは、都市部の一定以上の所得層、あるいは高齢者や地方の一部地域など、生活行動が偏りやすい層です。そのため、マス向けの商品やサービスの認知拡大を単体で任せることは難しく、テレビCMやオンライン広告、屋外広告などとの組み合わせが前提になるケースがほとんどでしょう。鉄道やバスの広告は、通勤・通学の大量の人流に一気に露出できるメディアであり、到達人数という点では今も交通広告の中核を担っています。
また、媒体社が示す効果データは、あくまで自社の強みを伝えるためのものであり、すべての出稿案件に当てはまるわけではありません。調査はインターネットモニターを対象としていることが多く、実際の乗客全体をそのまま反映しているとは限りません。タクシー広告が「視認率ほぼ100パーセント」「必ず売上が伸びる」といった万能のメディアであるかのような期待は、公開されている情報だけでは正当化できないのが実情です。
自社にとって意味のある一台かどうか
ここまで見てきた情報を踏まえると、タクシー広告が向いている商材や企業の姿が浮かび上がってきます。費用感や検討の進め方も含めて、自社にとってこのメディアが本当に意味のある選択肢なのかを考えるためのポイントを整理します。
向いているのはBtoB商材と高価格帯

企業がタクシー広告を検討するとき、どのように考えればよいのでしょうか。ここまで見てきた数字を整理すると、次のような姿が見えてきます。
都市部、とくに東京都心部では、タクシーサイネージはすでに広く普及しており、乗れば高い確率でモニターに出会うことになります。乗客は、一般の鉄道利用者と比べて役職者や意思決定者の比率が高く、経済力や購買力のある層が多いと推定されています。平均18分前後の乗車時間のあいだ、目の前で動画広告を見られる環境があり、その時間帯は出勤中や業務中、会食の前後などビジネスモードとプライベートモードの間を行き来する場面が多いと考えられます。
こうした前提を踏まえると、タクシー広告には、交通広告全体の中で比較的期待しやすい役割が二つあると考えられます。
ひとつは、意思決定者に向けたBtoB商材や高価格帯の商品・サービスの「認知と興味の喚起」です。タクシーという環境は、決裁権を持つビジネスパーソンにじっくりメッセージを届けるのに向いており、SaaSや業務ツール、金融商品、不動産、高級商材などの分野では、問い合わせや資料請求、ブランド好意度の向上に寄与しやすいと考えられます。
もうひとつは、既に名前を知っている企業やサービスに対するイメージの上書きです。テレビCMやオンライン広告で認知されているブランドであれば、タクシー広告は「最後のひと押し」や「信頼感の補強」に使うことができます。タクシーの後部座席で、落ち着いた状態で見てもらえるクリエイティブを流すことによって、ブランドの世界観やメッセージを再確認してもらう場として機能します。これは、すぐにコンバージョンに直結しないとしても、中長期的なブランド形成には重要な接点になります。
とはいえ、タクシー広告が電車やバスの広告より優れているという話ではありません。多くの広告主にとって、鉄道やバスの広告は、今も「大量に届けるためのベース」であり、タクシーはそこに「特定のターゲットに深く刺すためのピンポイントな接点」として足していく使い方が現実的です。どちらか一方を選ぶのではなく、役割分担を考えながら組み合わせていく発想が大切です。
費用感と、検討をどう進めるか
もちろん、タクシー広告には費用対効果の判断が欠かせません。タクシーサイネージの広告出稿は、1週間単位の短期キャンペーンから、月単位、年間契約まで、さまざまな期間設定が可能です。また、全国規模で配信するだけでなく、特定のエリアに絞った出稿も選択できるため、予算やターゲットに合わせた柔軟なプランニングができます。こうした情報を踏まえると、タクシー広告は「誰でも気軽に試せる安価な媒体」というより、明確なターゲットと目的を持った企業が選ぶ、戦略的な投資対象と位置付けるのが現実的です。
それでは、タクシー広告を検討する企業は、まず何から始めればよいのでしょうか。重要なのは、感覚ではなくデータで「自社のターゲットはタクシーに乗っているのか」を確認することです。
例えば、首都圏のBtoB企業であれば、営業先や取引先の所在地、決裁者の勤務エリアを見ながら、タクシー利用が多そうなエリアかどうかを考えることができます。不動産や高級商材であれば、富裕層が多く住むエリアや、高級ホテル、会員制施設との位置関係を確認することが一つの手がかりになります。
そのうえで、広告会社や媒体社が公開している媒体資料を読み、想定リーチや1週間あたりの表示回数、料金などを確認すると、自社のマーケティング予算や他媒体とのバランスの中で、タクシー広告にどの程度配分できるかのイメージが掴めてきます。鉄道やバスの広告をベースにしつつ、特定のキャンペーンやターゲットに合わせてタクシーを組み合わせる、といった考え方が現実的なプランニングになるはずです。
タクシー広告を過大評価する必要はありませんが、「富裕層や意思決定者と出会う移動中の18分」という接点は、他の媒体とは少し違う性質のものでもあります。数字をもとに冷静に向き合うことで、このメディアが自社にとって「本当に意味のある一台」になるかどうかを見極めることができるはずです。
まずは、「自社のペルソナは本当にタクシーに乗っているのか」という問いから、タクシー広告の検討を始めてみてはいかがでしょうか。タクシー広告が自社にとって本当に意味のある打ち手なのか、具体的なデータや事例を踏まえて整理したいときは、ぜひお気軽にご相談ください。
ターゲットの生活動線と、タクシーという移動メディアの特性が重なったとき、移動時間は確かに、単なる移動ではない価値ある18分間へと姿を変えます。






