2026年7月6日
その他広告が電気を配る街へ 空間ワイヤレス給電がつくる都市の未来
スマートフォンの画面の右上に、赤く染まったバッテリー残量の数字が表示される。その瞬間に小さな不安を覚える人は、決して少なくないはずです。今のスマートフォンは、連絡手段であると同時に、キャッシュレス決済の財布であり、電車の乗車券であり、地図であり、ときにはオフィスの入館証でもあります。だからこそ、電池が切れそうという感覚は、生活そのものが止まってしまうかもしれないという落ち着かなさにつながります。
私たちは日々、カフェのコンセントを探し、重いモバイルバッテリーを持ち歩いています。この充電という手間から、街を歩く人を解放することはできないでしょうか。実は、その入り口にあたる技術は、すでに日本で制度として動き始めています。電波を使って空間を越えて電力を送る、空間伝送型ワイヤレス電力伝送と呼ばれる技術です。
総務省の資料によれば、この空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムは、電波によって五メートルから十メートルほどの距離を無線で電力伝送する仕組みで、工場や倉庫の中で使われるセンサー機器などへの給電が期待されています。2022年5月には電波法施行規則などの改正によって制度化され、920メガヘルツ帯、2.4ギガヘルツ帯、5.7ギガヘルツ帯の三つの周波数帯が割り当てられました。現時点で実用化が進んでいるのは数十ミリワット程度の小さな電力であり、街を歩くすべての人のスマートフォンをまかなう段階には、まだ達していません。
つまり、現実の技術は、まだ室内のセンサーに少しずつ電気を送る入り口に立ったところです。けれども、その入り口の先にどんな都市が広がりうるのかを構想してみることは、広告に関わる私たちにとって大きな意味があります。
ここでは、この空間ワイヤレス給電という技術が広告ビジネスとどう結びつき、どんな都市の未来図を描きうるのかについて、広告代理店の視点から掘りさげていきます。
目次
電気は線から空間へ 給電技術の系譜をたどる
電気を空間に解き放つという発想は、突飛なものではありません。その源流をたどると、理科の実験で習ったような、ごく身近な仕組みにたどり着きます。電線という物理的なつながりから少しずつ電気が自由になっていく流れを追うと、空間給電という未来が、技術の自然な延長線上にあることが見えてきます。
変圧器が教えてくれる 触れずに電気を渡す原理

電気を触れずに渡すという考え方の出発点は、変電所や街の電柱にある変圧器の中にあります。変圧器の内部では、巻き数の多い一次コイルと、巻き数の少ない二次コイルが、互いに接触することなく隣り合っています。一次側に交流電流を流すと周囲に磁界が生まれ、その磁気の変化が中央の鉄心を伝わって二次側に届きます。電気的に直接つながっていないのに、電磁誘導という現象によって二次側に電圧が生まれるのです。ここでは、電圧が下がるかわりに電流が増える形でエネルギーが受け渡されます。電気をいったん磁気という形に変えることで、触れずにエネルギーをパスしている、と言い換えてもよいでしょう。
この電磁誘導を応用したのが、今のスマートフォンでおなじみのワイヤレス充電規格、Qi(チー)です。Qiでは変圧器の鉄心のかわりに、送電パッドとスマートフォンの内部に薄い磁性体のシートを置き、空間へ漏れ出そうとする磁力をそのシートで引き寄せて、わずか数ミリメートルの隙間を越えてエネルギーを伝えています。触れずに電気を渡すという原理が、私たちの手のひらの上ですでに当たり前になっているわけです。
距離を伸ばす挑戦 磁気共鳴から電波による給電へ
問題は、この距離をどこまで伸ばせるかです。数ミリメートルの隙間を、数センチメートル、さらに数メートルへと広げようとする研究が、さまざまな分野で進められてきました。たとえば、特定の周波数で磁界を共鳴させる磁気共鳴という技術を使えば、伝送できる距離をある程度まで伸ばすことができます。走行中の電気自動車へ路面から給電する研究などでも、こうした考え方が用いられています。
そして、ポケットの中のスマートフォンのように小さな機器へ、もう少し離れた場所から電気を届けようとするときに使われるのが、磁気ではなく電波そのものを利用する空間伝送型の給電です。電波と聞くと電子レンジを思い浮かべる方もいるかもしれませんが、両者はまったく別の使い方をします。電子レンジは強い電波を四方八方にぶつけて水分を温める装置ですが、空間伝送型の給電は、人体に影響を与えない範囲で、必要なところへ必要なだけ電気を届けることを前提に設計されています。総務省の資料でも、920メガヘルツ帯は人がいる一般的な環境でも使えるように、電波の強さや距離について細かな条件が定められています。技術の系譜は、こうして少しずつ、線から空間へと電気を解き放つ方向へ進んできたのです。
電気を無料化するビジネスの構想
ここからは、現在の技術の延長線上に、ひとつの構想を重ねてみます。仮に将来、街を歩くだけでスマートフォンが充電される環境が実現したとして、その莫大な設備と電気代を、いったい誰が支払うのか。この問いに答えられなければ、どれほど技術が進んでも社会には広がりません。そして、ここにこそ広告代理店が果たしうる役割があると、私たちは考えています。
充電を無料にする発想 広告費が電気代を肩代わりする

利用者から充電のたびにお金を取る従量課金にすれば、手続きの煩わしさが普及の足かせになります。そこで発想を変えて、インフラの維持にかかる電気代と設備の費用を広告の予算でまかない、利用者には無料で提供する、という形を構想してみます。企業が広告費を給電インフラへ投じ、そのインフラが利用者へ無料の電力と情報を届け、利用者は広告に触れることと引きかえに充電を受け取る。こうした循環が成り立てば、三者がそれぞれに得をする仕組みが描けます。
数字でも、この構想はそれほど荒唐無稽ではありません。あくまで試みの計算として置いてみます。一般的なスマートフォンを空の状態から満充電にするのに必要な電力量は、おおよそ20Wh程度とされています。毎日一回、ひと月続けたとすると、合計でおよそ600Wh。有線で充電した場合の電気代は、現在の一般的な料金で考えると、ひとり当たり月にわずか数十円にとどまります。空間を電波で飛ばす方式では効率のロスがあるため、仮に送電効率を低めに見積もっても、ひとり分の電気代はおおむね百円台に収まる計算です。
確実な接触という価値 広告で電気代をまかなえるか
では、この電気代と設備費をまかなうために、利用者ひとりからどれだけの広告収入が必要になるでしょうか。設備の投資や維持の費用まで含めて、仮にひとり当たり月500円、一日にすると十数円をまかなう必要があると置いてみます。これを広告で稼ぐことは、現実的でしょうか。
ここで効いてくるのが、給電という体験が持つ独特の価値です。利用者にとって充電は、バッテリーが回復するという目に見えるメリットと直結しています。たとえば、画面いっぱいに表示される動画広告のような、しっかりと届く形の広告であれば、千回表示あたりの単価を仮に2,000円と置くと、一回の表示はおよそ2円にあたります。一日に必要な十数円を2円で割れば、必要な広告接触は一日あたり数回から10回ほど。通勤や通学の移動中、改札を通るとき、街のサイネージの前を通り過ぎるときに、数秒の広告やクーポンに触れる機会が一日に数回生まれれば、ひとり分の費用はまかなえる、という構想です。
さらに、この方式の面白さは、広告が邪魔者ではなく歓迎される情報になりうる点にあります。給電のインフラは、利用者のおおよその場所だけでなく、バッテリーの残量という文脈も持ちます。残量が心もとなくなってきたときに、近くの店舗のクーポンが届き、その店に入れば充電が始まる。利用者は無料で充電でき、店舗は確実な来店につながり、広告主は好意的な場面で接触できる。従来のウェブ広告が、見たいものを遮ることで目を引いてきたのに対し、給電と連動する広告は、利用者が求めるものを差し出すことで存在感を得ます。この発想の逆転こそが、構想の核になります。
都市インフラとしての社会実装 信頼をどう築くか
この構想を絵に描いた餅で終わらせないために、最後に、都市のインフラとして社会に根づくための条件を考えます。鍵になるのは、どこに集中させるかという戦略と、安全と公共性に対する信頼の積み上げです。技術と算盤だけでは、街は動きません。
エリアを絞るという戦略 インフラがメディアに変わるとき

全国のすみずみまで送電インフラを敷きつめるのは現実的ではありません。狙うべきは、東京、大阪、名古屋といった大都市圏への集中です。
仮にその地域の人口の多くが日々この無料の給電ネットワークを使うようになれば、このインフラは単なる電気の供給網ではなく、毎日確実に人と接点を持つ巨大なメディアへと姿を変えます。
電柱、バス停の屋根、駅の改札、自動販売機の側面といった、これまで維持費のかかるだけの構造物だった都市のインフラが、エネルギーを送り、情報を流し、広告の収益を生む資産へと役割を変えていく、という構想です。都市部の現役世代に毎日、好意的な場面で届くメディアは、多くの広告主にとって魅力のある接点になるはずです。
安全と公共性 命を支えるインフラへ
ただし、電波を社会で共有する以上、広告事業者の都合だけで進めることは許されません。越えるべき壁は、行政と市民からの信頼です。第一に、ペースメーカーなどの体内の医療機器を使う人々への安全の確保です。日本では、電波の強さについて総務省の電波防護指針や電波法施行規則で条件が定められており、こうした国内の基準を厳格に守り、その状況を分かりやすく示していく姿勢が求められます。
第二に、このインフラを商業メディアで終わらせず、公共の備えとして社会に還元する設計です。たとえば大きな災害で送電網が止まった場面では、広告の配信をやめて緊急モードに切り替え、周囲の人々のスマートフォンへ無条件に電力を開放し、画面に避難情報を優先して表示する。ふだんは広告のおかげで無料で使えるインフラが、いざというときには命を支える備えになる。企業の広告費が、間接的に都市の防災を支える。この二つの顔を持つことができれば、市民はこの新しいインフラを受け入れ、都市の標準として根づかせていくのではないでしょうか。
まとめ
電気は長いあいだ、料金を払い、線を通して買うものでした。広告もまた、コンテンツの合間に挟み込まれる、目を引くための情報でした。けれども、空間伝送型ワイヤレス電力伝送という技術が現実に制度化された今、その二つの境界はゆっくりと溶け始めています。電気が街に行きわたる環境になり、広告がその環境を支える資源になる。そんな都市の姿を構想することは、もはや空想とは言いきれません。
もちろん、ここで描いたのはあくまでひとつの未来図であり、現実の技術はまだ室内のセンサーへ少しずつ電気を送る段階にあります。それでも、入り口の先にどんな街が広がりうるのかを真剣に思い描くことは、広告というビジネスの可能性を広げてくれます。
ここまで描いてきたのは、あくまでひとつの思考実験です。実現するのかどうかも、正しいのかどうかも分かりません。それでも、目の前の技術のその先に何が待っているのかを自由に思い描いてみると、広告という仕事の可能性は、思いのほか広く見えてきます。
この未来図を、荒唐無稽な空想と切り捨てるか、少し面白がってみるか。もし後者だと感じていただけましたら、ぜひ一度、気軽にお話しさせてください。具体的な案件や予算が決まっていなくても構いません。ちょっとしたアイデア出しや雑談のようなところから、これからの広告とまちの未来を一緒に考えてみませんか。お問い合わせフォームから、お気軽にご連絡ください。






