PERSON

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自分らしさの原点

宮坂 将史

静岡営業所
所長

多忙な日常の中誠実にすべてに向き合う人 多忙な日常の中誠実にすべてに向き合う人

困難に出遭いながらも決意する

その土地に対する愛着を感じることができることは、働くことへのモチベーションとなる。そうしたいわば「働く環境」を自らの意志によって掴み取り、現在生き生きとした日々を送っているのが、入社10年目で静岡営業所の所長を務めている宮坂だ。

横浜の地に生まれた宮坂は、幼少期に岐阜・多治見に移り住み、そこで育った。そしてキョウエイアド名古屋支社に営業職として入社。懸命に仕事に取り組み、2週目に最初の契約を取ることができた。

「思い出深いことではあるのですが、クライアントからどのように受注できたのかが記憶にない。無我夢中で、お願いしたい気持ちを何度も伝えたのだとおもいます。ただ、その時に、自分はこの仕事で活躍できるのではないかと感じたことは、いまでも鮮やかに自分の中に残っています」

そして、先輩たちの薫陶を受け、職務に対する見識を深めていく。

キョウエイアドでは、東海ブロックとして、名古屋支社を筆頭に静岡・浜松・岐阜に営業拠点を置く。宮坂は静岡で営業活動を展開する機会を得るが、それが宮坂にとって大きな転機となる。

当時静岡の地は、キョウエイアドにとって営業展開することの必要性を強く感じて拠点を設置しながらも、人員の配置が手薄だった。宮坂は開拓者としての期待を込めて送り出され、2〜3ヶ月に1週程度の頻度で静岡の市場に身を投じた。
そうして得た一定の手応えをもとに、常駐の営業スタッフとして家族とともに名古屋から静岡に移り住み、懸命に営業活動を展開した。

結局2年ほどの宮坂の活動は、名古屋支社の営業力を強化するという会社の判断により、一度休止のかたちを取ることとなった。当時のことをこう振り返る。

「全てを一人で担っているという責任感と焦燥感、そして、慣れない土地に暮らしているという孤独感が強かったですね。名古屋支社に戻ることになり、ホッとした部分もありました」

静岡の地は苦い思い出だけを宮坂の脳裏に植え付けたのだろうか。いや、実際のところ宮坂はこの地に魅せられてしまった。
「静岡に定期的に足を運ぶことで、市場の特徴を掴み、可能性を感じることができました。それに何と言っても気候が温暖で人も温かい。新鮮な魚介の味も格別でした」

市場に対して、どのように営業活動を展開していけばよいのかイメージが持てる。仕事相手である媒体社とも良好な関係性を築けている。宮坂は、名古屋で一度体勢を整えながら「いつかもう一度、静岡でチャレンジしたい」という気持ちを胸の内で膨らませていった。

家族で移り住んでいた静岡から、再び家族と共に名古屋に戻った後も、静岡で生まれた人との交流は保たれ、定期的な静岡での営業展開は続いた。
そして、「次に静岡に赴任することができたら、現場での裁量をもてる責任者になりたい。そして人を現地で採用して、組織的に活動してみたい」という強い気持ちを抱き続けた。

しばらくして名古屋支社の体制も落ち着き、捲土重来を期する宮坂は、再度静岡営業所への異動を打診された。家族も前回の赴任したときに出会った縁が続いており、静岡の地で再び暮らすことを望んでいた。こうして静岡営業所への再度の赴任が決まった。

家族を支え、そして支えられる関係性

実は、静岡での勤務を希望したのには、もう一つの理由があった。

「幼いころから高校生までサッカーをやっていました。ポジションは攻撃的なMFで、味方にパスを出さずにドリブルばかり仕掛けて、いま思えば随分と身勝手な選手でしたね」
宮坂は幼いころの自分を苦笑まじりで話してくれた。

静岡といえばサッカーどころ。古くは静岡学園が高校サッカーで旋風を巻き起こし、藤枝東、清水東などが全国に名を馳せた。現在でも日本代表クラスの選手を幾人も輩出している。小学校のグラウンドにサッカー用のナイター設備が整備されていることは珍しくなく、地域全体で熱心に取り組んでいる。

宮坂の影響で幼稚園からサッカーを始めた小学生の一人息子も、現在少年団など2つのチームに所属している。土曜、日曜は練習試合となることが多く、宮坂らチームメンバーの保護者たちは、車の運転や試合会場の整備など、労を惜しまない体制で全面的にチームを支えている。そして保護者で結成したチームでボールを蹴り、たまには一緒に飲みに行く、気のおけない関係を持つこともできた。

「息子は自ら興味を示してボールを蹴り始めました。現在は朝から晩までサッカー漬けの毎日で、本人が夢中になって取組んでいます。親ばかかもしれませんが、息子がサッカーというスポーツで個性を発揮していってくれればいいな、という淡い期待はありますね。しかしながら身体を鍛え、チームスポーツを体験することで人と調和することを学び、多くの友人に恵まれる人間になってもらえることを、いちばん期待しています。ドリブルばかりしてパスをあまり出さなかった自分が言うのも何ですが、、、」

宮坂は冗談交じりに息子に対する気持ちを語ってくれた。我が子が取組んでいることを最高の環境でやらせてあげたい、という肉親の深い情をそこに感じ取ることができる。

宮坂の話しを聞いていて強く感じたのは、「家族というグループの強固な絆」だ。
休日は息子のサッカーに費やす時間が多いが、そうした予定が無いときも、ショッピングや磯場での釣りを家族で楽しんでいる。

「釣り好きのクライアントの影響もあり、せっかく屈指の磯場に恵まれた地にいるのだから、是非やってみたいと思いました。アジが釣れた時などは捌き方をネットで調べて、家族で大騒ぎしながら捌いてみたり」
本人曰く今は素人の域を出ていないとのことだが、それでも釣果で食卓が賑わうことも多く、新たな趣味として取組んでいる。

時には家族で旅行にでかけたり、川辺でのバーベキューに興じたりと、とにかく休日を家で過ごすことがない。家族との濃密な時間を共有することが、宮坂にとって最高の息抜きであり、仕事への活力の源泉なのだ。

叶った希望の先に見据えるもの

熱望し、叶った静岡営業所での再びの日々。宮坂は多彩な業務に取組んでいる。午前中は主に事務処理を行い、午後からはクライアントを訪問する。移動は効率を考えて主に社用車を使用する。

「交通広告を基本として営業しています。静岡営業所としてまずは強みをもつ分野で着実に売上げを伸ばしていきたいです。新規の商材も開発して、クライアントの要望に対して幅広い受け皿を提案できる体制をつくっていきたいですね」

人員を増やしたいという強い希望があり、新卒者を対象とした就活フェアにも参加した。そうした活動を経て、4月に1人新人が入社した。

「営業所のパフォーマンスが落ちないように、との配慮から東京本社で研修を実施してもらってから配属されました。これで、組織的な営業が徐々に実現できるのではないかと期待しています。自分以外のスタッフに勤務してもらうことになるので職場の雰囲気づくりにも留意したいです。いずれは、もう少し人員を増やして自らが営業や管理に集中できるようして、現在名古屋支社が管理している浜松営業所を、自分のいる静岡営業所で面倒をみられるようにして、さらには地理的にも近い横浜営業所とも連携して、関東から東海に連続する地域に緊密な営業網を構築したいと考えています」

上司の勧めで始めたゴルフも、クライアントとの人間関係の構築という狭義な仕事観で続けているわけではなく、最近ではその奥深さが面白くてたまらないと語る。

会社という組織で自分の役目を果たし、営業体制が盤石とはいえなかった静岡の地に再び自ら切り込み、挑戦を楽しむその姿は、幼き頃の宮坂のプレースタイルを彷彿とさせる。

撮影を終えた帰路、海岸沿いに続く通称「いちごロード」にあるカフェに休憩のため立ち寄った。太平洋の水平線を望む2階のテラスで、名物のストロベリーパフェを「スウィーツ系はどうも苦手で」と、はにかみながら頬張る。「いい感じのお店ですね。今度家族を連れてこようかな」宮坂は晴れた日の午後の海辺の日差しに目を細めた。そして、自らのアイデンティティである家族と過ごす、この土地ならではの穏やかな時間を想像したのか、静かに微笑んだ。
(了)

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